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『自分の分身』

ぎゃー!

いたたたー!

腓返りで、起こされた。

透(とおる)の朝は、いつも何かが起きる。

ランニングするために、着替えて家を出る。

「おはよう」 「おはよう」

いつもすれ違う人との、朝の挨拶。

今日は、走るのを止めようと思った。

だけど、あの子が待っているかもしれない。

そう、気になるあの子。

ショッキングピンクの、Tシャツが良く似合う。

あっ! 噂をすれば…

「おはよう!」 「おはよう元気?」

声が、いつになく上ずっていた。

あっ! いたたたー!

腓返りしたところが、急に痛んだ。

「大丈夫?」 「うーん、いたっ!」

立ち止まってしまった。

一旦立ち止まると、動けなくなってしまった。

そう、透の身体は実はアバターで、遠隔操作されている。

なので一旦止まると、遠隔操作が効かなくなってしまう。

オペレーターが早く駆けつけないと、透の命が危険に晒される。

千夏さんが、心配そうに顔を近づけてきた。

そう! 気になる人は千夏さん! まるで太陽みたいな、笑顔の綺麗な人。

透は焦っていた、自分が早く駆けつければ良いのだけど…

透の顔はアバター、本物の透は火傷して顔が爛れている。

そんな醜い爛れた顔を、千夏さんには見せられない。

気持ちばかり焦ってしまう。

早くしないと、透のアバターが完全に機能停止状態になってしまう。

「あー!」 「どうしよう?!」

マスクをしてサングラスをかけて、ニット帽をかぶって出かけることに…

そう遠くない距離に、透のアバターはいる。

走って、5分ぐらいの距離。

コントローラーと、応急処置道具一式を持って家を出た。

到着して間も無く、お互いに声を掛け合った。

「ち、千夏さん」 「どなたですか?」

「私、達矢です」 「達矢さん?」

達矢とは、アバターの名前で名乗らせていた。

「じゃぁ、ここにいるのは誰なの?」

「実は、私の分身です」

「貴女と、直接話がしたかったです」

「ずっと前から、夢でした」

「今朝、腓返りを起こしました」

「その腓返りが私の分身にも、同じように移されるので…」

「止まったしまった分身を、助けに駆けつけました」

「いつもランニングをしている姿を、モニター越しに見ております」

「私、火傷をして顔が爛れています」

「どうしても、貴女と仲良くなりたかったので…」

「アバターを、使わせていただきました」

「千夏さん、貴女のことが気になって…」

「達矢さん、この方(透の分身)を助けてあげてください」

「その後、話を3人でしましょう」

「はい!」 「わかりました!」 

「では、先に処置をさせていただきます」

透は、持ってきたコントローラーと処置道具で自らの分身に、

応急処置を施した。 なんとか、動くようになった。

ふー! 何とか間に合ったみたいだ 独り言を呟きながら…

汗を拭くために、無意識にマスクとサングラスを取り、帽子も脱いだ。

「あっ!」 「あなた!」

「中学校の時に、一緒のクラスに居た透くん?」

バレてしまった。

中学卒業後、別々の高校に行って、今は別々の大学に通っている。

透は、高校時代に火傷を負ってしまった。

それ以来、アバターを使用することになった。

顔に火傷を負ったのは、実は深い訳があって…

千夏の顔の右頬に、火傷の跡があった。

4歳の時、継母に揚げ物の油をかけられたらしい。

千夏を産んでくれたお母さん、千夏が生まれてくるのと

同時に息を引き取った。

その後、お父さんは再婚した。

育てのお母さんに、あまり良くされなかったみたいで…

薄々、お父さんも気付いていたらしく、何度も話し合った結果

お父さんは、千夏が小学校を卒業するタイミングで離婚した。

透が千夏と、同じ中学校に通うようになってから、

よく話をするようになった。

部活動は、千夏が陸上部、透はバスケットボール部。

バスケットボールの練習で、校庭をランニングする時、

いつも千夏の練習風景を見ていた。

透は千夏が、普段マスクをしていて右頬の爛れているところを、

隠しているのを以前から見ていた。

千夏からは、継母のことを聞いていたので、お父さんが離婚して良かった

って、心の底から思っていた。

しかし、中学校に入ってから弁当を作ったり、

晩御飯を作るのは千夏の役割になっていた。

いつも忙しい中、千夏は陸上部の朝練にも参加していた。

お互いに別々の高校に行くことが決まってから、忙しくてなかなか

話をする機会がなくなった。

そんな中、透の中で抑えられない気持ちが込み上げてきた。

想いを告白したい。だけど、どうすれば良いのかわからない。

思い悩む中、変な気持ちが湧き上がってきた。

そうだ! 千夏と同じ右頬を火傷すれば、もっと近くに感じられる。

もっと近づけるはずだ!

そこから、透の行動は素早かった。

千夏と同じように、揚げ物油を熱して、右頬にかけようとした。

あちっ! 

…と言う間もなく、透の右頬は愚か、頭から油をかぶってしまった。

髪の毛がズルっと、抜け落ちてしまった。

救急車で運ばれて、顔中包帯でぐるぐる巻きに…

高校に入学して以来、お互いの連絡先は全く知らされていない。

透が入院しているなんて、千夏は全く知る由もなかった。

お互いに、合わない時間が無情にも、長く過ぎていった。

透の火傷の跡は、見るに耐えない、顔中が爛れた状態に…

以降、透の生活は一変してしまい、マスクと帽子とサングラスは、

日常生活で、欠かせないアイテムとなった。

そんな中、アバターを友達から紹介してもらい…

千夏のランニングコースを、友達から聞きつけて…

通う大学は違うけど、ランニングコースの近くに住むようになった。

千夏との再会、

アバターの再起動をした透、

汗を拭うために取った、帽子とサングラスとマスク、

全てを、千夏に見られてしまった。

千夏に、本当の気持ちは言えない。

火傷をしたことは、

千夏のことを想ってやったことだなんて言えるわけがない。

そんなバカな話、口が滑っても言えない。

再起動したアバターを見ながら、透の頭の中はぐるぐると回転していた。

その時、アバターが千夏の方を向いて一言だけ喋った。

「透は、千夏をずっと想っている」

たった一言だけのつもりが、告白のような文章になっていた。

「えっ!」

千夏は、正直、戸惑っていた。

何を見て、何を聞いて、話をすれば良いのか、全く判断がつかなかった。

「透?」 「透?!」 「今、何を考えているの?」

「ち、千夏のことが好きだ!」

「この火傷がなければ、アバターなんて使わなかった」

「えっ!」 「火傷? 火傷の跡は、私にもあるよ!」

千夏が、諭すように透に言った。

「アバターくん、透に会わせてくれてありがとう!」

「私、透に会いたかったんだ!」

「高校に入ってから、全く会わなくなったから…」

「ずっと、気になっていたんだ」

「実は透に、言いたいことがあったんだ」

「私、透のことがずっと好きだったって…」

「アバターさん、ありがとう」

透は、完全に硬直しきっていた。

千夏の言葉を、脳裏で繰り返し聞いていた。

「えっ!」

透が、千夏の方を振り返りながら聞いてみた。

「そうだったんだ!」

「俺!」 「バカだなぁ〜」 「わざと火傷するなんて!」

「あっ!」

透は、思わず口に出してしまった。

千夏は泣きながら、透の顔を、まじまじと覗き込んだ。

「そうなの?」 

泣きながら、透から視線を逸らそうとしない千夏。

透は、堪り兼ねて視線を逸らそうとしたが、出来なかった。

千夏の視線に釘付けになりながら、千夏の想いが一気に押し寄せてきた。

「ごめんね」 「どうしても千夏を近くに感じたくて…」

「ごめんね」 「ずっと会いたかった」

「ずっと声を聞きたかった」

透の想いが、一気に爆発した。

千夏と透、お互いにぎゅっと抱き合った。

アバターは、二人が抱き合うのを横目でみやり微笑んでいた。

火傷の跡は、二人の絆を強く強くした。


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