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「魅惑の粉」

洋次は、お風呂に入るのが好きだった。

湯船に浸かって、あれこれと想いを巡らせる。

とてもリラックスした時間。

今晩も、

お気に入りの入浴剤を入れてバスタイムを楽しんでいた。

一頻り楽しんで、お風呂から上がった洋次。

「さぁ、寝るぞ」と、叫び。

勢いよくベッドに潜り込んだ。


その夜、奇妙な夢を見た。

枕元に仙人が現れて、赤い色の粉が入った袋を置いていった。

そして、何やらお告げのようなことを言って、消えてしまった。

そのお告げとは、

「赤い粉を湯船に入れると、体も心も温まる」

「翌日、シャツ一枚で過ごしても寒くなくなる」

「心が温まる出来事が、必ず一つ起きる」

「ただし、副作用がある」

それは、

「記憶が一つ、消えてなくなってしまう」

「どんな記憶がなくなるのかは、わからない」

仙人のお告げを聞きながらも、寝息を立てて朝までぐっすり眠った。


次の日の朝、ベッドから這い出てトイレに向かおうとして足を床に

降ろした瞬間、何か冷たいものに触れた気がした。

それは、床の上に置かれた透明の袋に入った赤い粉だった。

ざっと、1kgぐらい入っていた。

洋次は、赤い粉をまじまじと見て、夢ではないことを悟った。

「夢じゃなかった」と、嘆声をもらした。

寝ぼけながらも、赤い粉を二度見してからトイレに駆け込んだ。



とても寒がりな洋次は、早く試したかった。

また、一人暮らしで寂しがり屋でもあった。


早速、仕事から帰ってきて、赤い粉を湯船に入れてみた。

ラベンダーのような、柑橘系のライムのような、

仄かな香りが漂ってきた。

「さてと、入ってみるか」と呟きながら、そっと入ってみた。

なんとも言えない、まろやかな肌触りと、ほかほかした感じ、

温泉にでも浸かったような気分になった。


ぐっすり眠れて、次の日の朝、目覚めると体のほかほか感が、

まだ十二分に残っていた。

「今日は、暖かいのかな」

季節は2月初旬、暖かい日は未だ少なく、寒い日が続いていた。

「シャツ一枚でいいや」って、言いながら上着も着ないで、

出掛けてしまった。

洋次は、出版社で編集の業務を行なっていた。

その日も、そそくさと出勤してルーティンワークをこなしていく。

「あー、やっと終わった」

帰り掛けに、駅前で募金を行なっていたので、何気なくお金を入れた。

すると、募金活動をしていた女性が声を掛けてきた。

「ありがとうございます」

とても、和やかな笑顔だった。

その笑顔とその一言で、洋次の心はとても温かくなり癒された。


また、赤い粉を入れて温まりたいって思いながら洋次は、

家に帰ろうとしていた。

何時間ぐらい経ったのだろうか、洋次は、ずっと駅前で立ち尽くしていた。


でも、家の場所がわからない。

うろちょろしながら、必死で思い出そうとしていた。

全く思い出せない。

何故だか、自分の家の記憶がすっかりなくなっていた。


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