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そうだね ゴリラだったね

時折、一緒にキャッチボールをしているIちゃんは、別の施設に勤めている。元はうちの施設に勤めていたのだが、退職後も、自分が休みの日になると、こちらに出向いてくれる。コロナ渦故、ただキャッチボールのためだけに。

が、何か話したいことがある日には、距離をぐんと縮めて来る。会話が聞こえるくらいの距離で、軽く投げ合いながら色々と話し出す。どうでも良い話もあれば、おそらくは深刻であろう悩み事もある。Iちゃんは、いつもポーカーフェイスなので、これだけ付き合って来た今でも、感情が読み取れない時がある。

で、そのキャッチボール兼トーク中に、Iちゃんが、ふとしたことで『うちの兄貴ね、ほんと、ゴリラみたいなんだよ。』と、お兄さんの話をし出すので『お兄さんになら会ったことあるよ。』という突っ込みを入れた。

『い、いつーーっ?どういうこと?』と言うので『あの時。』と答える。

数年前、私の部下であるNさんに、Iちゃんが恋しているらしき様相があった。

それで『ビールでも飲みに行こか?Nさんと3人で。』と言うと、前のめりで『行く!』と張り切っていた。

外見はボーイッシュではあるものの、非常にロマンチストであるIちゃんは「あたしが選んだ店に案内する!」と、雰囲気が良い店を予約して張り切っていた。Nさんの方もまんざらではなかった。

その数年前に大失恋をしたという話も聴いていたので『2人がうまくいくと良いなあ。』と期待をかけていた。

その小さなお店は、入るなり1階はカウンターだけのバー。まだ、誰も居なかった。そして、幅が狭い急な階段を登ると、2階は私たち3人だけの貸し切りだった。

よしよし。

これで会話がはずんで良い感じに・・・・と思っていたら・・・、何と、両者、3杯目あたりからベロンベロンになってしまった。呂律が回っていない。いくら地ビールの度数が高いと言っても、早く回り過ぎでしょ。

理由は分かっていた。緊張し過ぎなんだよ。

Iちゃんの方は、恋しいNさんの前だという緊張だろう。そして、Nさんの方は、Iちゃんと話したいが、上司という名の邪魔者の前で緊張して、気持ちが訳わかんないことになっていたのだろう。

これじゃあ、互いの気持ちが話せないじゃないか。

よし。私は、帰ろう。

そう思ったその時、一人はトイレへ走り便器の前で膝を突き、顔を突っ込んだまま寝てしまった。(Iちゃん)もう一人は、テーブルの上に額をガン!とぶつけて、これも気絶するように眠ってしまった。(Nさん)

え?どういうこと?

こーんな、ガタイの良い2人!私一人で階下へ運べない!

あわわわ!となりつつも、即座に携帯を握った。お困りの時はあいつを呼べ!のKちゃんである。

助けて。荻窪の○○の二階で二人が酔い潰れちゃった。重いし、階段狭いし、一人じゃ運べない!

『ちっ!』と舌打ちするKちゃん。『Iちゃんめ!すぐタクシーで向かう。大丈夫だ!』と言って切れた。

Kちゃんが来てくれると踏んで大分気が楽になったが、いくら力持ちと言えどもKちゃんも小柄だしなあ・・・という危惧。

それより何より、とにかくお会計を済まそうと思い、細い階段を下りて観ると、いつの間にか一階のカウンターが満席だった。

全員、男。

その光景を観て、階段の途中でピタっ!と立ち止まる私。『ん?』と上を向くマスターと客の面々。

次の瞬間、叫んでいた。

『全員2階へ集合!若くて綺麗な女性が酔い潰れていますっ!』←あながち嘘でもない。

何かに弾かれたかのように、全員が立ち上がり、2階へドドドドドド!と駆け上がって行った。おばさんは、軽く跳ね飛ばされたよ。

かくして無事に1階へ運んでいただき、タクシーでかけつけたKちゃんと練馬周りで阿佐ヶ谷へ行き、それぞれの自宅に届けたのだ。2人とも自宅マンションに着くなり見事にリバースしておられ、Iちゃんに至っては、自宅前に着いても、てんで拉致があかず、Kちゃんが『本当にここなんだろうな?』と、鬼のようにピンポンを押した。

そして、やっとお兄ちゃんが出て来てくれた。滅茶苦茶むっとした表情で気まずかった。

そんな回想の果て、現代のキャッチボールの場面に戻る。

『うん。ゴリラだったね。お兄ちゃん。』

兄を悪く言われているのに、肩を竦めるIちゃん。

『・・・・・。何も覚えていないんだよね。とにかく、ごめんね。また、あの店、行こうね。』

行けるか。

***

今日も良い1日でありますように。

いってらっしゃいませ。

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