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台風とお婆ちゃんのスイカ

スキをつけて下さりありがとうございました!

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3年程前の夏に、大きな台風がやって来て、予報の段階で世のニュースが盛大に騒いでいた。

施設の近くには河川もあるため、多くの災害が予想された。

ので、その晩、私は施設に泊まることにした。どうせオンコールがあったら呼ばれるかも知れないし、暴風雨の中を自転車で辿り着けるかどうかも分からなかったから。

「今晩は泊まる」と言うことを言ったら、当時の施設長も副施設長も介護課長も泊まると言い出した。主任のKちゃんは、最初から夜勤の夜だった。

それを聴いて「えー?何で皆で泊まるの?もし何かあったら上層部全滅じゃん。」と異を唱えたのだけど、泊まるっていうんだから仕方ない。

結果的には、河の水位があがったり、警報が鳴ったりと大騒ぎではあったものの、真夜中の0時頃には台風が通り過ぎ、静かな月夜が広がっていた。

懐かしいなあ~なんて、そんなことを思い出したのは、最近、とあるお婆ちゃんが持病の心不全が悪化していて「入院しますか?それとも保存的に行きますか?」という話が持ち上がったせいだった。

このお婆ちゃんは、あの台風の夜に、ご自宅の屋根が吹っ飛んで、家族全員が突然のアパート暮らしという経験をなさった。
それをきっかけにご家族様が介護の限界を感じて、うちの施設に入って下さることになった方だった。

あれからもう3年か~と懐かしくなったのだ。

ところで、心不全も100歳近くになると、もう施す治療の選択肢が減って来る。無理やり検査しても良いのだが、入院をきっかけに全ての機能が落ちてしまうということもある。廃用症候群とは、高齢者にとってそれくらい恐ろしいものだった。

それでも、昔ながらの「誰でもかれでも具合が悪ければ入院。」と言う考え一色の人は、嫌がる老人に侵襲的な検査や治療だのをさせようとなさるので、それはそれで仕方ない。それすらご家族のご意向だ。

ところが、このお婆ちゃんの娘さんは「ここでノンビリ穏やかに暮らしてくれているのだから、施設内で出来る治療でお願いしたいです。」と仰って下さった。

それを聴いてお婆ちゃんもホッとなさった。「良かった!」と。
実は、話を聴きながらドキドキしていたらしい。

そして「スイカが食べたい!」と仰った。

先生が「もちろん食べて良いですよ。」と仰ったのは、何も「もう余命幾ばくもないから。」という意味ではない。「スイカは利尿作用があるから、かえって良いかもよ。」とのこと。

かくして娘さんが差し入れしてくれたスイカを、嬉しそうにシャクシャク食べているその姿を、とても嬉しい気持ちで眺めることが出来たのだ。ご家族様ばかりでなく職員も非常に嬉しい思いでそれを眺めていた。

さらには、ご家族様に会えたり好物を食べれたせいもあるのか、お婆ちゃんの浮腫はドンドン改善され血圧も平時に戻り、採血結果も良好になった。つくづく、心とは凄いものだと思う。

でも、おうちに帰りたいんじゃないかな?と思ったが、ストレートに尋ねてみると、お婆ちゃんは覚えていらした。

「施設の屋根が壊れたら、うちへ帰るよ。そしてまたうちの屋根が壊れたら、ここで暮らす。」

皆で爆笑した。

戦々恐々としていたあの台風の夜。

けれども悪いことばかりじゃなかった。どこかしら大黒様に似ているこのお婆ちゃんがここへ来てくれるきっかけになったのだから。

時折、悪いことと良いことは同時にやって来る。そして良い思い出ばかりが残ることもある。

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