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汚くて、みじめで、見ていられなくて、クソみたい、それが生きるってことなんじゃないでしょうか。(前編)(「おまじない」(西加奈子著)を読んで)

世の中には正しいと悪いが存在するじゃないですか。
私今年28になる立派なアラサーなのですが、未だに何が正しくて何が悪いかが分かりません。
(危険なアラサー)
もちろん人を殺したり、動物を虐待したりとか、そういう事が悪い事だというのは分かります。
でも、みっともないとか、だらしないとか、卑怯とかずるいとかクズとか汚いとか痛いとか薄情だとか言われてる人って、本当に悪い人なのかとか、考えれば考えるほど、そもそも悪い人なんてこの世に存在しないんじゃないかなと思います。


今まで沢山人を傷つけて、同時に傷つけられてきました。
でも傷つけ傷つけられの行為の大元には、大抵の場合悪意が無かったように思えます。
本当は愛してほしかっただとか、認めてほしかったとか、そんな気持ちがひねくれて苦しくてぶつけられなくて、どこかでそれがものすごくドス黒い感情に変化して結果傷つけてしまう事になったんだと、傷つけた後に気付くのです。
でも、気づいた時には自分も相手もボロボロになっていて、一体自分がどこを向いているのか分からなくなっています。
本当は誰も悪くなかったのかもしれない。
皆違って皆良いのだという事を、
私は弱くてその弱さゆえに人を傷つける事でしか自分を保てなかったのだという事を
認めることが、一番大切なのかもしれない、と今なら思えます。


西加奈子さんの小説「おまじない」を読みました。
自分の中のコンプレックスや悩みを抱えながら生きていく人達を描いた短編集です。
その中でも2つ、とても心に残るお話がありましたので、紹介させて下さい。
(予想以上にクソ長くなってしまったので、前編・後編に分けています、西加奈子さんの作品はサクッと語れるものではありません…)

【あねご】
主人公の唯一の特技はお酒を沢山飲んでその場を盛り上げることです。
お酒を飲んで暴れる破天荒ぶりで、職場内で人気者になる一方で、寄った勢いで体の関係を平気で持つなどのだらしなさから、契約更新してもらえない事が続き、社会人として自信を持てないでいました。
そんな中キャバ嬢に転職し、お客さんに馬鹿にされるブサイクキャラとしてやっと自分の居場所を見つけることが出来ます。
順調に仕事をする中で、他のお客さんの奢りでなんとか喰いしのいでいるという元芸人のお客さんに出会いますが、主人公はその人が昔家を出ていった父親だということに気が付きます。
(そのような描写が描かれていますが真偽は謎です。両親はお酒が原因で離婚しているため、元々は主人公にとってもお酒にいい思い出はありませんでした)
人から馬鹿にされ、蔑まれ、笑われて、それでもお酒を飲んでへこへこして必死に人の輪に入って生きている父親は、見ていられなくて、悲惨だけど、でも自分も同じだと主人公は感じます。
そんな主人公に、父親は「あなたがいてくれて、本当に楽しい」と肯定してくれます。
主人公は、その言葉をそのまま父親にも返し、大量のお酒が待つフロアに二人で戻るのです。


というのがめちゃくちゃおおまかなあらすじです。
主人公はとことん自分に自信が無いので、お酒の力を借りてはっちゃける事で、人から体を求められたり、「面白い」と言ってもらったりして、自分の存在価値を見出しています。
大学や会社で、自分が軽蔑されている事も、紹介で出会った男の人にがっかりした顔をされたことも、母子家庭でかわいそうと同級生に言われていることもわかっていながら、それを全部、お酒の力でおどける事で、笑える話に変えることで生きてこれたのです。
だから、どんなに人からひどい言葉を浴びせられても、そうやって生きていくしか無いんだと思い込んでいて、もしそんな風に生きる自分に対して「かわいそうに」とか「見てられない」なんて言葉を投げかけられたら、もう生きていけない、そんな風に思っています。
でも父親は、「あなたがいてくれて、本当に楽しいです」という言葉を主人公に贈ります。
それは、自分で自分のことを「本当に見ていられない」と思うほど、恥ずかしくてみじめでたまらなかった主人公への、最高の褒め言葉であり、ねぎらいの言葉なのではないでしょうか。

人は人に傷つけられる事から逃げられません。
生きていれば、自分も人を傷つけるし、自分も傷つけられます、それは生きていれば仕方のないことです。
だから、自分を守るためには汚くもみじめにもかわいそうにもなるのです、でもそれが、それこそが生きるという事なのではないでしょうか。
汚くて、みじめてかわいそうで、どうしようもなくて、見ていられなくて、クソみたい、それが生きるってことなんじゃないでしょうか。
誰かに必要とされたいと願うばかりに、どうしようもなく恥ずかしい存在になってしまう、でも「あなたがいてくれて、本当に楽しいです」という父親からの一言で、主人公はそんな生き方をしている自分でいていいんだ、と自分を認めてあげられたんだと思います。
そんな主人公のことを、私は心から羨ましいと思います。
孤独なままでは、自分は強くなれないのです。
だから恐れず、人の輪の中に入っていこうと、思わされた作品でした。


下記は本文からの抜粋です(一部省略している部分があります)

お父さんは優しかった。
無口だったけれど、優しくて大好きだった。
だからお酒なんて飲まなければいいと思っていた。
お酒を飲むお父さんは大嫌いだって。
お父さんの気持ちが、今なら分かる。
お酒なんて好きじゃない。
飲まないでいられるなら、飲みたくない。
でも、飲まないと、酔っ払わないと、恥ずかしくて、どうしようもなくて、いられない。
お父さんは、頑張ってたんだ。
お父さんに言ってあげる人はいたのだろうか。
もしいなかったのなら、私が言ってあげたい。
お父さんがいてくれて、本当に楽しいって、そう言ってあげたい。
「あなたがいてくれて、本当に楽しいです。」

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