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長女の誕生日で思ったこと

先日、長女の21歳の誕生日でした。
めでたい(笑)パフパフ🎉🎊㊗️

あの子を産んでから21年も経ったのかと。
子どもが21歳ということは、私の母親歴も21年経ったということ。おめでとう、自分(笑)
どこまで行っても自分目線でしか語れない、子育てについての話。良い母親じゃないからなぁ私。

彼女を可愛いと思うよりも、母親としてどう振る舞えばいいのか、どう躾たらいいのか、とにかく何が正解なのか何が普通なのかを探し続けた幼少期だったから、そりゃもうしんどい子育てやったよね。うん。

彼女を妊娠した頃はインターネットもまだ各家庭に無いようなそんな状況だったし、転勤で知らない土地に来て1年ぐらいで、近くに親も親戚もおらずとにかく孤独。孤独は人を病ませるやん(笑)

しかも私は鬱から抜け出せたような抜け出せてないような境界をウロウロしてたから、自己肯定感も低く何をやっても自信がなくて不安しか無かったしね。こんなん書いたら、『そんな時に妊娠したらあかんやろ』とか、言われそうよね。
まぁ今の私があの頃の私のような人間を見たら、そう思ってたかもれんなぁ…と思うぐらい不安定やったと思う。

そんな精神状態やったからこそ、寂しくて子どもが欲しいって思ったんかもな。自信はないけど孤独もいや、みたいな。旦那は私が寂しくならないように土日は遊びに連れて行ってくれたりしたけど、基本的にパートナーシップについて無知だったから、しょっちゅうケンカしてた。

自己肯定感低い同士の夫婦なんて、そりゃもう酷いもんよ(笑)あんたが察しなさいよ!お前が俺を理解しろや!の応酬w
どっちも満足しないよね。永遠に平行線。
私はとにかく働いてないことで罪悪感がたっぷりあったから、旦那はモラハラ気味に私をディスるし、まぁ今思うと精神的に幼い夫婦がよくここまでやれたなぁと目頭が熱くなるぐらい、酷い夫婦でしたわ。

今まで夫婦が乱闘してきて壊した家電や物は数しれず🤣夫婦2人なら2人だけの問題で良かったけど、子どもが産まれてからもケンカが絶えなかったからほんとマジでクズ夫婦やったなと思うわ。

そんな不安な家庭環境の中で、よくグレずに育ってくれたと思う。長女に関しては。
まぁ反抗期はすごかったけどね。家に帰ってこないとか髪の毛染めるとか、そういうわかりやすい反抗ではなかったけど(笑)
とにかく普通に会話ができないぐらい毎日、うんほぼほぼ毎日ケンカしてたな。娘とも。
取っ組み合いのケンカもしたし、壁に穴も空いた。娘に押されて私のお尻が壁に激突🤣🤣🤣
ぽっかり穴が開きましたとさ(笑)

小さい頃は、私の言うことさえ聞いてたらええねん的な子育てしてたと思う。たぶん。私自身は子どもの気持ちを汲んで育ててきたと思ってたけど、振り返ったらそうじゃなかったやろなって思う。子どもにとっては自由だけど自由じゃなかったやろなと思う。レールがあってその上を歩かせてる感じ。
あの子に個性があるなんて思ったことがなくて、なんでも私の言うこと聞く子やなぁぐらいに思ってた。でもそうちゃうねん。私の意見以外の選択を私が与えてこなかっただけやねん。

その割に、旦那の愚痴や怒りを娘に聞かせて慰めてもらってたし、私の精神的な不安を娘にぶつけて支えてもらってた。本当に情けない親だよ。まったく。娘とは共依存関係やったなぁと思う。
自分の意思が相手の意思かのように思ってたし、娘とは悲しいことも嬉しいことも常に共感し合えるって思ってた。娘はほんとにしんどかったと思う。自分の気持ちより私の機嫌を伺う方が大事になってたと思うから。正解を間違えたら、私を怒らせてしまうから必死に自分の気持ちを抑えて私に合わせようと頑張ってたんやと思う。

そんな不安定で娘の犠牲の上に成り立ってる家庭だということを、あの子が反抗期を迎えたあとに知ることになる。まさに中2に壮絶な反抗期が来て、あたふたして、悩みまくって、自分の過去を振り返って見たくないことを見つめ直して見えてきたことがあった。

そこを掘り下げるとどうしても自分の過去を見ざるを得ない状況になるんよねー。
私が母親とどんな関係だったか。それがやっぱり重要で。
放置されて心を大切にされた記憶が無いまま大人になってしまった私は、やはり子どもの気持ちを汲むことができる母親にはなれなくて、私も苦しくて苦しくて。
でも、子どもが反抗してきた時に『あーーーこれではあかんなぁ、、、このままやとあかん気がする、もっと違う生き方をしないともっともっと苦しくなる。』そんなふうに漠然と危機感を抱いたような記憶がある。

そんな時にばなな先生って人がやってる『あり方スクール』っていう講座があることを知って、なんか藁にもすがる思いで娘と参加したことで、人生を改めて考え直して、親子ともに生き直し始めた。人生の転機ってここやったなって今でも思うくらい、いろいろ衝撃的やったな。

同じ場所にいても、私の見てる世界と娘が見てる世界は全く違っていて、同じ言葉を聞いても私と娘では解釈が違って、なにもかもが違っていたんだということにこの時初めて気づいた。

文字にすると当たり前すぎて、このおばはん、何言うとんねん!って思われるかもしれへんけど、そんな当たり前のことにすら気づけないぐらい、私は狭い世界で生きてたんやと思う。あと、知識として知ってて言葉では理解してても、実感として、『あ、娘と私は違う生き物なんだ』っていうのが心底腑に落ちた感じ。本当にそのことが、わかってなかったんよね。わたしは。

今も娘とはちょこちょこケンカしてしまうけど、結局最後は『私はいつも我慢ばっかりしてた!誰も私の味方なんていなかった!』みたいな話になるんよね。まぁしゃーないわな。ある程度責められるのは、しゃーない。自分のしてきたことが返ってきてるだけの話なんやろうから。

それでも、私は人間なので(笑)
納得のいかない理不尽なことには、反論しまっせ(笑)
どんな時も、私が手抜きをして子育てしてきた訳じゃなく、あの頃自分にあるありったけの知識をフル総動員して何とか彼女を育てようとしてきたことは、紛れもない事実やと思ってるから、そこははっきり言うよね(笑)失敗の無い子育てなんて無理やっちゅうねん!って🤣

辛かったあなたの気持ちは理解します。
完全な理解は無理ですが。
きっと辛かったんでしょう。
そのことに関しては謝ります。すみませんでした。未熟な夫婦があなたを育ててきたことで、傷を作ってしまったことは認めるわ。

だからといって、失敗だったとは思ってへんよ。
失敗って何さ。人生に失敗なんてないやん!
何とかしたくて、私なりに一生懸命やってきた。そこに偽りはありませんっっ!
無い知恵を振り絞ってあなたを死なせないように頑張ってきた。当たり前って言われるかもしれんけど。
そんな一生懸命やってきた自分まで否定したくないし、否定される筋合いもないわ。

と、今なら胸を張って言える(笑)

そう考えると昔は何においても自信がなかったんやなぁ。。。。
正しさを追い求めると途端にしんどくなるやん。
まさに昔の私は正しさを追求する人間やったから。自分も周りの人間もみんなしんどかったはず。

正しさなんて立ち位置や価値観でゴロッと変わるもんやのに、周りの目や周りの正しさばかり気にして、一体誰のことを指してるのやらわからん『みんな』に合わせようとしてしまったから、そら苦しいに決まってる。なのに、必死で周りが認めてくれる正しさを探してたよなぁ。
未熟極まりない(笑)

私が私らしく、娘は娘らしくいられたら
もうそれだけでええはずやったんよ。

腹立つ気持ちも、ムカつく気持ちも、
悲しい気持ちも、いろいろあるやん?
生きてたら。

そやし、そもそも母親に向いてるとか向いてないとかもいろいろあるわけで、みんな同じこと、同じ子育て、出来るわけないんやもん。

自分のできる範囲で、無理のない子育てをして
子どものことも大事やけど、自分の心の平穏が何より一番大事ってこと。自分に一番ヨシヨシしてあげて生きなあかん。自分以外に大切なもんなんて無い!ぐらいの勢いで。

とはいえ、、、、
自分の欲求剥き出しで、子どものことほったらかして、スマホばっかりしてる親もどうやねん?!とは思うけどね!
ラクしすぎて、無駄なこと省きすぎて、子どもの心と向き合うっていう世界一めんどくさいことから目を背けてる人も最近多い気もするけど。

まぁそうだとしても!
失敗なんてあーりませんから(笑)

子どもに反抗されようが、家出されようが、もっともっと大変なことが起きようが、どんな経験も魂にとってはプラスでしかないわけだから!!
後悔のないように今を楽しむだけなのさ🎶✨💃✨🎶



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