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僕の街、大好きな川土手に小さな花が咲いてる

よく近所の川土手に行く。
僕の街の自慢の川だ。
土手の上が散歩道になっていて、川に降りるコンクリートの小さな
階段がある。
そこに座って流れる水面をぼーっと眺めるのが好きだ。
在宅ワークで広告制作の仕事をしているので、一日中パソコンと
格闘する日もある。
誰とも話しをしない時もある。
煮詰るので、そんな時には近所の川土手に行く。

「やっぱり、がんですね」
12月のある日R病院のM先生に告げられた。
深刻な顔とかで全然なく、ふつーに。
「えぅ、そうですか、やっぱり」
「はい、間違えなく肝臓がん」
「ですか…」
先日疑いがあるとのことで、MRIで精密検査をした結果だ。

よくがんの告知を受けると頭が真っ白になる、というが、
驚きはしたがわりと平気だった。
肝硬変、僕の持病。
脂肪肝、肝炎、肝硬変、肝臓がん。
これが黄金ルート。
絵にかいたようにそうなった。
いつかはがんになるのは覚悟してた。
でも、でも、わかっちゃいたけれど、キツイ。
頭でわかっているのと、実際なるのとは、女の子にふられるのと
同じで、
ショックは大きい。
「ステージ2、幸い発見が早かったんで、どうってことないよぉ」
先生は明るく言う。
藁にすがる思いで現状を尋ねる。
「腫瘍が2つ、1,5センチと1センチ、まだ子供」
「そうですか」
「うん、大丈夫」
「どんな風に大丈夫なのですか?」
「全部きれーに取れる」
「へー」
「おなか切る?」
「えっ」
「その方が確実だよ」
「ちょ、ちょと待ってください、切らなきゃ駄目ですか?」
「切りたくない?」
「そりゃ…」
「だよねぇ」
何だかこの先生やたら明るいのだ。

「切らなくてもいいんですか?」
「うん、それでも手術出来る」
「じゃ、ぜひ」
―早く言ってよ。
「わかった、じゃ説明しますね」
先生は詳細を教えてくれた。
抗がん剤も放射線も使わなくていいとのことで、ひとまず
ほっとして、診察室を後にした。
何だか頭に霧がかかっているようで、ふわふわしてた。

家に帰って緊張感がとけて我に帰った時、悪寒がした。
ようやく事態の深刻さがわかってきはじめた。
先生が明るいので、ペースをもっていかれたが、ステージ2。
ネットで調べた。
なんと5年生存率40%。
えっ、40%の確率で死ぬ。
あせっていろいろなサイトを調べたが全部答えは一緒。
失神しそうになった。
―そうか、こうしてがんの告知を受けた患者は死ぬということに
直面するのだな。
こりゃきつい。

 同じ日に事務所がつぶれかねない大きな仕事のトラブルに見舞われた。
おお、神よ。
この12年でスーパー最悪の一日だった。

 それから日を追うごとにブルーになりついにうつになる。
ある日、例の川土手に行った。
階段でひざをかかえて水面をながめる。
いつもと同じながれ。
もし僕が死んでも、この川は変わらずにこうして流れているんだろなぁ。
この街で。僕が住んでた、この街で…。

そう考えたら涙が出そうになった。
その時ふと土手の草むらに目をやった。
薄紫の小さな花たちが咲いて、風に揺れてる。
可愛い…。
素直にそう思った。
そう言えば去年来た時も同じ花が咲いていた。
前の花はもちろん枯れただろう。
でも、同じ花が咲いている。
いのちがつがってる…。
じんみりそう考えると、
鼻の奥がツンとなった。

手術の入院。
先生が病室に来た。
「いらっしゃ~い」
さすがにそこまでのノリではなかったが、何だかニコニコしてる。
救われた。
まっ、大丈夫か、ひとまずは。
5年後はわからないけど…。

退院したらまた大好きな川土手で咲いているあの花を観に行こう。
この街で咲いているあの花を。


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