そのエステ、命かけてやります? 開業医のひとりごと 秋山一誠 月刊ピンドラーマ2024年8月号
当地サンパウロでは冬になり、デング熱が落ち着き、今度はインフルエンザの番だなと思っていたところ、新型コロナが感染拡大の様子です。このコラムの24人の読者様は感染症対策をされていますか?ブラジルでは新型コロナ感染の統計をとるのを止めていますので詳細は不明なのですが、多分今日本でも流行っているオミクロン株の派生だと思われます。でも今回はコロナの話ではないのです。
ブラジルの連邦医師評議会(医業を監督するお役所、CFM - Conselho Federal de Medicina)が最近躍起になって注意喚起と関係者訴訟をしているのが、フェノール(fenol)を使用したエステの施術です。エステは流行があり、時の注目を浴びているのがくだんの物質です。理由は事故が増えているだけではなく、死亡例まで出ているからです。フェノールはピーリングと呼ばれる「皮膚をキレイにする施術」に使われている物質ですが、意外と歴史は古く、19世紀から医療で使用されるようになっています。フェノールの和名は炭素酸、毒性と腐食性がある有機化合物の一種で、多岐にわたる医薬品や化粧品などの化成品の原料としてほとんどが消費されていますが、当初は消臭剤として使用されていました。19世紀の終わり頃には消毒薬としての地位を獲得し、病院内のあらゆる消毒に利用されていたのですが、毒性がデメリットとなり、消毒液としては落ち目になります。しかしその皮膚毒性、薬傷を起こす点に目をつけられ、ピーリングに応用されるようになりました。ピールとは英語で「(皮を)むく」という意味です。ピーリングはその行為、つまり「一皮むいて」皮膚の再生を促す方法。このような場合、フェノールのような化学品を使うと「ケミカルピーリング」と分類されます。
『皮膚の再生というと聞こえが良いが、化学品で皮膚に傷害をあたえ、皮膚の組織を化学的に溶かして一皮むくわけですな』
元々皮膚病変を取り除く医療的手技として開発されたはずですが、新しい皮膚が再生されることで美容に転用されました。ピーリングも19世紀末に開発され、早い段階からフェノールが使用されましたが、その毒性のため、他の薬品もラインナップされました。現在は日本で使用されているケミカルピーリングは次のものが挙げられます:
AHA(アルファヒドロキシ酸、別名フルーツ酸)
TCA(トリクロール酢酸)
サリチル酸
ジェスナーズ液(レゾルシノール(フェノールの一種)+サリチル酸+乳酸のアルコール溶液)
フェノール
治療の目的に合わせて皮膚への浸透性や薬傷の強度が適当な薬品を選択することになります。皮膚の表皮の角質だけをピールするくらいで済めば別に美容室的なエステ(エステサロン)の施術でも良いのですが、もっと深い真皮までピールするのは筆者のような開業医からは一種の手術にみえます。これらの薬品の中でも、フェノールは深く浸透します。
『どの程度「皮をむくか」で美容か医療かになってくるわけですな。チョロッとむく位だとさほど問題ないが、ズルッとむくと皮膚のバリア機能や保湿機能が失われる。それにしっかり対応した処置をしないと、皮膚感染などのトラブルが現れるのだな。これって医療でしょう』
ブラジルで問題になっているフェノールを使ったケミカルピーリングは美容系エステで行われたものが大半を占めています。フェノールは消毒液にも使われた実績から致死的な毒性があるとは認識されてなかったのですが、最近フェノールピーリングの死亡例が認知されました。サンパウロ市で20代の男性が顔のピーリング後に死亡した例があり、フェノールの吸入による上部呼吸器粘膜や肺の薬傷が司法解剖で認められました(註1)。これにより、保健当局のANVISAが6月下旬にフェノールおよび化合物の販売を全国的に禁止するに至りました。
エステというと日本ではHIFU(ハイフ)と呼ばれる施術が問題になっています。HIFUは高密度焦点式超音波を出す機器を使い、皮下組織や筋膜に照射することで肌の深い部分を引き締め「たるみ」をとる方法です。高密度の超音波で高熱を生じる機械で、元々前立腺がんの治療に開発されたモノです。約10年前から事故(註2)が報告されており、特にエステサロンでの事故が増加傾向にあります。エステ業界の団体は加盟店での使用は禁止していますが、すべての店が加盟しているわけではなく、さらに恐ろしいことに利用者が自分でおこなう「セルフエステ」まで出現しています(註3)。
今月のひとりごとで警鐘したいのが、当地ブラジルで日本人種がケミカルピーリングを受ける時の注意です。日本人種は有色人種なので、皮膚が白人種とは異なります。欧米で実施されている方法が有色人種には必ずしも合わないことは医学的には認知されている事実です(註4)。そのうち、フェノールは日本人種にとって副作用が出やすい薬品であり、第一選択肢から外されています。販売中止になるくらい当地では利用されるので、あまり考えないでエステに行くと、フェノールを塗られる確率が大変高いです。当地でエステする場合、サロン系でも医療系でも、日本人種を扱うことができる施設でないとトラブルになりやすいということです。エステは20代が一番利用率が高く、世代が進むにつれて頻度が減ります。なので特に若い人達には、周りの人達も含め、注意喚起をお願いします。
『サロン系と医療系の線引きが曖昧なのが問題だな。それと、当局の規制の対象でないからと野放しになっているモノが沢山ある。日本もブラジルも同じ。見た目を重要視する今の世の中の産物ですな』
月刊ピンドラーマ2024年8月号表紙
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