第86回 実録エッセー『次回は是非わが家へ遊びに来てください』 カメロー万歳 白洲太郎 月刊ピンドラーマ2023年6月号
その日、ボクとちゃむは待ち合わせ場所に向かって車を走らせていた。目的地は人口2万人程度の小さな町だが、このあたりの観光地としてはけっこう有名なところである。待ち合わせというからにはもちろん人と会う予定であり、その相手というのが今回、初対面となる澤田一郎さんである。
澤田さんはブラジルに移住して32年という大先輩であり、ボクの存在を本誌連載の『カメロー万歳』で知ってくれたという。そこから我々のYouTubeチャンネル『ブラジル露天商しらすたろう』にまでたどり着いてくれたというわけだ。その後、YouTube動画のコメントなどを通して親交を深め、ついに初対面することと相成ったのである。ちなみに澤田さんの奥さんはブラジル人とのこと。一体どんな食事会になるのか、ドキドキとワクワクが入り混じった奇妙な高揚感に包まれながら、ボクは車を走らせ続けた。
今回の対面は澤田さんからの熱のこもったお誘いに応じる形となったのであるが、ボクらごとき下々の者にそこまでの興味をもってくださるとは恐縮を禁じ得ない出来事である。しかもお相手はブラジル移住32年の経験をもつ、『グランドマスター』の澤田さんだ。ボクが学ぶことはたくさんあっても、その逆はまったくなさそうである。それでも『会いたい』と誘いの言葉をかけてくれたのだから、これは僥倖と言っても差し支えのない機会であった。
ほどなくして目的の町に到着。事前に知らせてもらっていた澤田さんご夫妻の宿泊先を訪問すると、いきなり大豆30キロのお土産をもってご本人が登場した。それだけではない。なんと澤田さんご自身が栽培しているというシャイン・マスカットや、奥様の実家で作っているカシャーサ(サトウキビのお酒)など、素敵な贈り物を大量に頂いてしまったのである!
シャイン・マスカットなど見るのも初めてだし、そもそもブラジルに存在していることすら知らなかったボクである。そして30キロもの大豆!これだけの量を頂いてしまったからには、納豆や豆腐作りへの夢も広がってくる。澤田さん、なんという気前の良さであろうか!ほっぺにチューしたくなる気持ちを必死にこらえ、とりあえずレストランへと向かうボクたち。ちゃむが事前に調べていたレストランは閉まっていたので、別のところへと向かった我々は、無事に『クラウジア』という料理店にたどりつくことができた。
小洒落た店内の中央スペースには、巨大な台座がしつらえられ、できたてアツアツの郷土料理が所狭しと並べられている。観光客用の店と見え、客層もホリデースタイルのファミリーが中心であった。
澤田さんの奥方であるモニカさんは生粋のブラジル人である。が故に、日本語をほとんど理解することができない。ならば会話はポルトガル語でする必要があるな…。と、ひそかにキンチョーしていたボクとちゃむであったが、そんなのは御構いなしとばかりに日本語で喋りまくる澤田さん。かいつまんで大先輩の経歴を紹介させて頂くと、東京農業大学を卒業後、大学院にすすみ、国際協力事業団の海外開発青年制度というのを利用してブラジルへ渡伯、果樹の技術者として現地企業に採用されたのが、32年にも及ぶ移住ストーリーの始まりだったという。正式なインタビューというわけではないが、撮影の許可が下りたのをいいことに、とりあえずカメラを回してみるボク。メシを食いながら、皆でざっくばらんに雑談する様子を収録させてもらった。その会話の中で、少しでも刺激的な話題を引き出そうと試みたボクであったが、四半世紀以上のブラジル生活の中で、危険な目には一度も遭ったことがないという澤田さん。奇跡と呼ぶしかないが、よくよく聞けば、泥棒に入られたり、トラックと正面衝突の事故を起こしたり、事業に失敗した経験があったりと、その歩みは決して平坦なものではなかったようである。
一方、気ぃ遣いのちゃむは、モニカさんとポルトガル語での会話に精を出していた。モニカさんは役所系の仕事についており、朝の6時に起きて、夕方の5時に帰ってくるという規則正しい生活を送っているようだ。役所へは澤田さんが精魂こめて拵えた弁当を持参していくとのこと。お2人は2013年に知り合い、2014年に結婚。以来、ラブラブの日々を過ごしている。
『Eu gosto muito dele(彼のことが大好き)』
と恥ずかしげもなく宣言するモニカさんはとても幸せそうであった。夫婦円満こそ、幸せな人生の基盤であると信じるボクであるが、この奥様の存在が澤田さんのパワーの源になっていることは想像に難くない。
澤田さんは果樹の技術者として『世界から飢えをなくす』という途方もない夢をもっており、その辺りの話もじっくりとお聞きしたかったのであるが、いかんせん時間が足りなかった。
ブラジルの郷土料理に舌鼓を打ち、次から次へと繰り出される話題に夢中になって耳を傾けているうちに、あっという間にお別れの時間がきてしまったのである。
『次回は是非わが家へ遊びに来てください』
という、澤田さんのありがたいお言葉を頂き、我々は帰路についた。このときの様子はボクらのYouTubeチャンネルで公開しているので、興味のある方はチェックしてみてください。
そして何よりこの素敵な出会いをもたらしてくれたピンドラーマに心より感謝を申し上げたい。
ムイント・オブリガード!!
月刊ピンドラーマ2023年6月号
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