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「糖尿病治療で医術を考える(3)~どうして人類は糖尿病になるの?~」 開業医のひとりごと 秋山一誠 月刊ピンドラーマ2023年7月号

さて4月号から開始した「我々人類の将来を脅かす糖尿病」のひとりごと第3弾です。3回目は人類を脅かす糖尿病にどうしてその人類は罹患してしまうのかについて考えていきます。前回のまとめは「血糖値が高い状態が継続すると身体全体に色々な合併症に発展する」でした。この状態のため、結果として後戻りできない病気になってしまいます。病気になった本人の生活の質を下げるのはもちろん、とてつもなく医療資源を消耗するだれも得しない人間になってしまいます。

第1回目で展開したように、糖尿病はインスリンの扱いが故障した状態が引き起こす病気で、インスリンが「絶対的」に不足している場合と「相対的」に不足している場合に大きく分けられます。この絶対的不足というのが1型糖尿病と分類され、国や人種によりますが糖尿病の5〜10%をしめます。日本では人口の約0.1%がこれにあたり、有病率は11万人くらいで、10万人に10〜15人程度と計算されています。これらは自己免疫疾患であったり、原因不明の突発性であったりするので、「なりたくてなる」ものではないのでなかなか予防することが困難です。なので、理論的には予防できる糖尿病の90%以上である2型糖尿病にどうしてなるのかを考えていきます。

以前にもここでひとりごとしたとおり、我々人類は哺乳類としての進化の結果です(註1)。地球上で存在する生物で一番生存能力が長けているのは色んな能力を得た成果であることは間違いないでしょう。かくいう能力の一番の進化は文字で自身の感覚や経験を表現できるようになり、その積み重ねで知識そして知恵、文化と文明を作ったことでしょう。進化とはもちろんいかに生き残り、子孫を残すことができるかに要約できるのではないでしょうか?つまりいかに死滅しないか。これにかかっていると思います。人類を含む哺乳類が昔から死滅する原因は「餓える」、「感染症にかかる」、「事故にあう」、「殺される」です。我々は上手いこと餓えをしのぎ、感染症をのりこえ、事故に遭わないようにする、または外傷から快復する、そして捕食・殺されないようにしてきて子孫を残してきた先祖の子孫です。

餓えないようにするには、いかに食用になる物を認知でき、それを入手し、そして食べた物を栄養やカロリーとして体内にため込むことができるかにかかっています。なので、カロリー効率の良い甘い物、つまり糖が多い物を好み、摂取した物を蓄積できる能力、そして、蓄積しやすい脂質を好むように遺伝子レベルでなっているわけです。

外傷からの快復には簡単な例では止血能力のような有能な生体修復機能が必要であり、感染症を乗り越えた個体は、優秀な免疫機能をもっており、外部からの病原体を上手くコントロールできたからでしょう。これらの機能は外部からの脅威のみならず、生体内で起こる細胞や組織の変成にも対応(註2)できるまで進化しています。しかしこれらが作動不全になると、自己免疫疾患やアレルギー等が現れる反面をもっているのです。

事故や捕食を避けるには危険察知能力や危険に対応できる生体反応が秀逸であったことが生死の分かれ目になると考えられます。これらの反応はストレス反応であり、筋力や集中力が増加することで、逃げたり戦ったりして危険を回避できたのです。ただし、これらはどちらかというと瞬発的な反応で、長期にわたる状況では害になるのです(註3)。現在は恐竜に捕食されるようなストレスは少なくなりましたが、反対に毎日ちょびちょび身も心も蝕む「小出し恐竜」に曝されるようになりました。

『なんの話や?全然糖尿病と関係ないやん、と思われるかも。しかし大ありなのですな』

自己免疫疾患でもある1型糖尿病はインスリンが分泌されない故障ですが、インスリンが不足したり、細胞が糖を取り込む能力が低下したりする2型糖尿病とは関係あるのです。甘い物を取り過ぎる、または最終的に糖になる炭水化物を沢山摂取すると、相対的にそれらを代謝するインスリンが不足するのは簡単にわかりますね。脂質が多い食事を続けると、体内に蓄積され、脂肪細胞になります。これもわかりやすいですね。さらに、消化しきれなかった余計な炭水化物も最終的には脂肪に変換され、蓄積されます。これが脂肪細胞肥大化という状態を引き起こし、細胞のインスリン感受性と関係のあるアディポネクチンと呼ばれる物質が低下し、インスリン抵抗性が出現するのです。暴食には暴飲もつきものですが、酒の主成分のエタノールもインスリン抵抗性に直接関係があることも判明しています。過度のエタノール摂取は脳にあるホルモン分泌を司る視床下部にも炎症を起こし、血糖値センサーとして働くプロスタグランジンと呼ばれる物質の分泌が妨げられ、血糖値が下がらない状態になります。また、脂肪細胞からレプチンと呼ばれる食欲を抑制するホルモンがでますが、エタノールはこのホルモンを減少させる効果があるので、暴食に至るわけです。さらにストレスも血糖値を上げる効果が満載です。ストレス反応の最もたるものが、危険を回避するため身体を鼓舞する機序です。アドレナリンなどは心機能を増強し、コルチゾールやグルカゴンが血糖を増やし、人体の力や認知の可用性を高めます。第2回目で見たように、血糖値が一時的に上がるのは問題ないですが、ストレスが続くと高血糖が持続するのですね。

『2型糖尿病には「過ぎる」からなると言えます。飲み食いしすぎる。太りすぎる。心を病みすぎる。そして、口に入れる物を気にしなさすぎる。流行り物に流されすぎる。世の中は「消費者が喜ぶ物」をあの手この手でどんどん出してきます。喜ぶものとは「甘くて、脂っぽくて、心が安らぐ」モノです。宣伝します。流行にします。この点は進化の最たるもの、「知識の伝達」が悪用されているのではないでしょうかね?』

次回は糖尿病の治療について考えてみます。

註1:2010年5月の進化医学についてのひとりごとも参照。
註2:例えばこの機能が正常に働かないのが癌の原因。
註3:2014年4月のストレスについてのひとりごとも参照。


秋山 一誠 (あきやまかずせい)
サンパウロで開業(一般内科、漢方内科、疫学専攻)。
この連載に関するお問い合わせ、ご意見は hitorigoto@kazusei.med.br までどうぞ。
診療所のホームページ www.akiyama.med.br では過去の「開業医のひとりごと」を閲覧いただけます。

月刊ピンドラーマ2023年7月号表紙

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