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アレはアレだけど、アレでないかもしれない。 開業医のひとりごと 秋山一誠 月刊ピンドラーマ2024年1月号

明けましておめでとうございます。今年はこのコラムの15周年です。筆者も自分でよくこんなに長く続けているのだと改めて感心する2024年の新年です。世の中はコロナ禍が一段落したと思いきや、侵略だの、分断だの、恐怖だの、新年の話に全然合わない話題が満載の去年でした。マスゴミはこれとばかりに不安を煽る報道ばっかりしているので、気分がすぐれない人達が大量生産されてますね。このコラムの24人の読者様はどうなってますか?

そこでこのような時の反応はまあ大きく分けて二通りあるでしょう。いや、二通りしかないでしょ。一つは煽られたとおりに不安神経症になる。もう一つは逃避行にたよる。当地ブラジルでは1年前に始まった政権の選挙で社会がパックリ分断してしまったので、分断に関しては日本より顕著に見られます。反面、日本ではいつキタのミサイルが飛んでくるかもしれないので、恐怖のほうが顕著なのではないかと思います。

『去年は打ちまくりましたからねえ』

こんな世の中なので、「明るい話題」があれば、皆飛びつきたくなります。2023年の圧倒的に明るかったのはなんといっても「アレ」で「盛り上がった」ところでしょう。アレが「A.R.E.」にまでなって新語・流行語大賞まで取りましたからね。アレって、意味が決まっていると思われがちですが、辞書で調べてみると意外と沢山の状況や事柄を示す言葉なのです。広辞苑によると、アレの発音で次の6つの漢字が載っています:村、荒、阿礼、吾・我、彼、感。大賞になったアレは「彼」で「②今の話題とは離れているが、その名を示さずとも相手にもそれと通ずる人・物事を指示する語」でしょう。でも「我と彼」で広義では「こちら」と「そちら」で相反する意味なのに音が同じなのが面白いと思ったのは単なる脱線です。大賞のアレは優勝のことを示し、日本のプロ野球でリーグ優勝した阪神タイガースの監督が使って広まった言葉です。優勝する可能性が高かったチームのメンバーに「優勝」という言葉のプレッシャーをかけないため、「アレ」と言い換えたのは周知のとおりですね。

タイガースの応援はトコトンやらせてもらいます。

物事を直接的に示さないように使うアレは日常でもよく使用されます。医療の現場でも患者さんの話によく出てきます。不都合がでるとか、恥ずかしいとか、公言したくないとかの場面ですね。アレがないとか、アレをしたとか、アレは良かったとかダメだったとか。会話の流れで何のことかわかっている場合は良いのですが、わからんこともありますから、「ソレ」で聞き返すことになります。つまり、相手に通じていればとても便利なアレですが、通じていなければ誤解を招く危険がある言葉でもあるのです。そして、最近の社会と文化はこの「相手に通じる」あたりに問題があると愚考します。明言しなくてもお互いにわかる事柄は、社会の通念や価値観が一貫していないと上手くいきません。日本に昔からある「アウン」ですね。しかし、今の時代、「多様性」そしてそれを尊重するのが最優先事項ですから、ややこしくなってきました。つまり、「コレが通念である」がなくなった。現在はチ○ポがついていても自分が女であると自認すれば、女であるということです。アレがついていても、男では必ずしもない。で、そういったことを尊重し、共生していくのが正しい生き方だそうです。気をつけないと、アレが見えているけど、アレでないので、アレだと思っている自分が悪いことになります(註1)

『誤解のないように明言しておくが、多様性を否定しているわけではない。ブラジルでは少数民族である筆者は人種差別も受けたこともあるので、多様性は重要だと思う。ここでは物事に一貫性がないとアレは何かわからなくなる場合がある話』

要するに、わけのわからん世の中になってきてると言うことですかね。今回の阪神のアレは「A.R.E.」に発展し、来シーズン向けのチームのスローガンなんだそうです。Aは目標を意味する「Aim」、Rは敬意を意味する「Respect」、Eは力をつけることを意味する「Empower」の3つの英単語の頭文字を合わせたものだそうです。ここで深読みをすると、これらの意味は最近流行のSDG(持続可能な開発目標)そのものではないですか。Aはその意味のとおり、「リスペクト」は敬意以外に尊重の意味もありますし、エンパワーは自認、変革の意味もあり、自身や社会の新規開発と関連します。元々チーム監督が使った「アレ」は単純にプレッシャーにならないようにするためだったと考えられますが、ここまで発展するのか!と感心してます。

『ちょっとゴリ押しの感じがするのですけどね。時代の波に乗ってると言うんですか』

開業医の立場から意見すると、現在の多種多様の価値観の中で生活していると、精神が病む確率が多くなるのではと思われます。今は何をしても容認されますからね。それ以上に今までにないことに挑戦して勝ち取るこそが人生の勝者とされてますから、これから人生を築く若い人達にとってはものすごいプレッシャーなのです。特に学校に上がる前からこのような状況に曝されている子供達がかわいそうです。ハタから見てると、「何して良いのかわからない」けど「どうしろ、こうしろ」と誰も言わない、言えないので、戸惑いと尻込みをする子供が多い。だって子供だから、こんなややこしい時代を世渡りするだけの能力があるわけないでしょ。この様な話をすると、人権侵害だとか、共生を否定しているとかギャーギャー言われかねないので、元々の意味とは違った使い方で「アレ」が便利になってきました。つまり、攻撃対象にならないようにするため、はっきりしない、ぼやかした運用で「アレ」が利用できると思います。「アレってどう思う?」みたいな。

『パッと相手に通じる状況ではないので、何のこと言ってるのかわからん場面が増えたのでは?自分のアレと相手のアレはアレだと思っていると、アレになります(またはアレになりません)。はっきり発言するのが益々大事だと思う新年です。今年もよろしくご愛読をお願いします』


註1:医療の現場でもややこしくなってきています。去年母校で開催された婦人科の学会で「前立腺をもった女性」といったテーマもあった。


秋山一誠 (あきやまかずせい)
サンパウロで開業(一般内科、漢方内科、疫学専攻)。
この連載に関するお問い合わせ、ご意見は hitorigoto@kazusei.med.br までどうぞ。
診療所のホームページ www.akiyama.med.br では過去の「開業医のひとりごと」を閲覧いただけます。

月刊ピンドラーマ2024年1月号表紙

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