「糖尿病治療で医術を考える(2)~血糖値が高いとダメなの?~」 開業医のひとりごと 秋山一誠 月刊ピンドラーマ2023年5月号
さて先月開始した「我々人類の将来を脅かす糖尿病」のひとりごと第二弾です。二回目は糖尿病の特徴であり診断基準である高血糖とは何かについて考えていきます。前回のまとめは糖尿病とは体内でインスリンの扱いが故障した状態でした。この状態のため、結果として体内のブドウ糖の血中濃度が上がる、それが「高血糖」と呼ばれる状態になるわけですね。血中のブドウ糖が「余っている」ので、それが溢れて尿に出てくるのがこの疾患の名前の由来ですが、余っているのは不足していないから良いのではないか?といった質問もでます。確かに、不足している状態は低血糖と呼ばれ、命に関わる危険な状況ではあります。低血糖はいわゆるガス切れの一種ですから、生命を維持することができません。しかしどちらも人体にとってよろしくありません。わかりやすく言うと、ブドウ糖が不足すると「すぐに」死に至り、余ると「時間をかけて」死にます。
では高血糖がどのくらい続くと身体に良くないのかといった質問になります。もともと食事をすることにより、炭水化物が消化・代謝され、血中のブドウ糖濃度が高くなるのは我々生体としては想定内なので、健康であり普通に食事していればまったく問題がありません。インスリンの扱いが故障しているため、高い状況がずうっと継続するのが問題を引き起こすのですが、これは二つの結果をもたらします。ここで思い出さないといけないのが糖尿病の高血糖は糖分の取り過ぎで糖が多いのではなく、糖を消費できていないからです。つまり、糖尿病に罹患している人は身体の細胞内に糖が取り込めていないので、「細胞が餓えている」わけです。食べ物がいっぱい並んでいるショーケースをお腹を空かせて外から眺めている通行人みたいなものです。これが一つ目の問題。
『フードロスで食べ物がいっぱい放棄されるのを空腹で見ているような状況ですな』
二つ目が糖尿病の結果としてブドウ糖の濃度が高い状態が続くと引き起こされる問題です。前出で一時的に高くなっても問題ないと書きましたが、反対にずっと高いとその負荷に耐えきれなくなります。例えば輪ゴムを引っ張ると、元に戻りますが、ずっと引っ張っているとしまいに収縮能力がなくなってしまいますね。また、ブドウ糖が「ずっとその辺にいる」ことで普段長い時間それらと接触するのに慣れていない、設計されていない細胞や組織に損傷が現れるようになります。
『配偶者の実家に時々行くのは問題ないけど、同居になるともめるのと同じですな』
このコラムの24人の読者様もご存じのように、食べ物の腐敗を防ぐ手立ての一つはシロップ漬けなど、砂糖を大量に入れる方法です。これは高濃度の砂糖液を使うことで、浸透圧の高い環境をつくり腐敗の原因となるカビや細菌が生存できないようにするのですね。高浸透圧は細胞膜を持っている生物にとって大変な脅威なわけです。糖尿病では早い段階では身体が高浸透圧にさらされ、時間が経つにつれていろんな細胞の変性や代謝の故障が起こっていき、しまいに「糖尿病合併症」になっていきます。
合併症は複数の場所や臓器に現れますが、主にに血管性の病態であり、微小血管性と大血管性に大別されます。血管障害は次のような発生機序が関連します:
タンパク質の糖付加による変性
超酸化物の産生
血管の内皮機能障害が現れ、もろくなる
組織の炭水化物代謝異常がおこり、ソルビトール蓄積がおこる
血管に炎症誘発や血栓誘発がおこり、動脈微小血栓などが現れる
大血管に動脈硬化が現れる
高血圧および脂質異常
糖尿病合併症は多岐にわたりますが、三大合併症と呼ばれるのが「糖尿病網膜症」、「糖尿病性腎症」、「糖尿病性神経障害」です。これらは基本的に微小血管性の合併症です。大血管性では「虚血性心疾患(狭心症や心筋梗塞など)」、「脳虚血性発作、脳卒中」、「末梢動脈疾患」を引き起こします。また、免疫機能不全も主要合併症といえ、これは高血糖が細胞性免疫に影響し、白血球の機能に悪影響を及ぼすためです。
糖尿病網膜症は網膜毛細血管が損傷する(註1)のと黄斑浮腫による視力障害で、最終的には失明に至る可能性があります。日本人の統計では糖尿病患者の約15%がこの合併症の診断があり、日本では約140万人です。50歳代以上の糖尿病患者では約30%にのぼり、年間3000人が失明し、先進国では失明の原因の一位か二位に迫っているです。
糖尿病性腎症は先進国で慢性腎臓病の第一の原因です。腎臓の毛細血管の損傷のため、腎不全に至り、最終的には人工透析が必要になります。日本では人工透析を受けている患者の4割が糖尿病性腎症が原疾患です。人工透析が定着したため、糖尿病患者の生存率が改善しました。しかしこの措置は顕著に生活の質を低下させる他、国家予算としての医療費を圧迫します(註2)。腎不全やネフローゼ症候群が生じるまで無症状なので、現在国を挙げて糖尿病性腎症の重症化予防のプログラムが方々で行われています。最近の血液検査では、クレアチニンという腎機能の検査項目を採った場合、eGFR(estimated glomerular filtration rate推算糸球体濾過量)といった腎機能の数字が提示されるようになったものその一環です(註3)。
糖尿病性神経障害は血管障害による神経組織の虚血、高血糖が神経細胞に及ぼす直接的な影響や神経機能を障害する細胞内代謝変化が複雑に絡み合った結果です。日本の統計では糖尿病が10年経った時点の発症頻度は30〜40%と頻発し、現時点で日本人の350万人程度が罹患している計算になります。神経障害で一番多いのは「対称性多発神経障害」で手足の末端に障害がおこります。痺れたり、異常感覚であったり、知覚の麻痺があったりします。これら以外の神経障害は、自律神経、脳神経、単神経、神経根などにあらわれます。
『合併症は一種類あれば、その他にはならないと言うわけではない。糖尿病合併症は症状が現れた時点では損傷の起こった組織や臓器は後戻りができない。糖尿病で一番重要なのは「予防」!合併症の予防もさることながら、ならないようにする予防、これが一番大事である』
次回はどうして人類は糖尿病になるのかを考えてみます。
月刊ピンドラーマ2023年5月号
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