実録エッセー『ブラジル市長選☆狂騒曲2024』 カメロー万歳 第95回 白洲太郎 月刊ピンドラーマ2024年12月号
◎投票日の静けさ
2024年10月6日(日曜日)。
家の時計はすでに午前8時を回っている。
いつもなら隣町のフェイラ(青空市場)で営業をしているハズの時間帯なのだが、今日はそのフェイラ自体が開催されず、自宅待機を余儀なくされている白洲太郎とちゃむである。
町ではここ2か月ほど、毎日のように爆竹やロケット花火などが打ち上げられ、マフラーを取り外した暴走車の爆音がブンブンブブブンと鳴り響いていたのであるが、今朝は前々日までの騒ぎがウソであるかのように不気味な静けさに包まれていた。明らかにいつもとは違うフンイキである。
ではなぜ、このような妙な空気感になっているのかというと、実は本日、ブラジル全国の市町村で市長選挙が開催されるのである。
18歳から70歳までのブラジル国民には基本的に投票の義務があるため、選挙の日はすべてのイベントごとがキャンセルされ、皆、投票場へと赴くのだ。投票日の前日、当日は選挙活動が禁止されているため、このような静けさがあたりを包みこんでいるというワケなのである。
◎利権がからむ争い
我々にとっては、誰が市長になろうとそれほどの影響はないが、現地住民の市長選に対する熱の入れようは生半可なモノではない。何せ現政権の元で働いている市役所職員、及び行政関連の職に就いている労働者、清掃人、ゴミ収集人、交通整理係など、そのほとんどの関係者が、選挙の結果いかんによっては職を失ってしまうのである。皆、自分の生活が懸かっているのだからブリンカデイラ(お遊び)じゃ済まされない。否が応でも、支援・応援に熱が入るというワケだ。
一方、対立候補の支援者たちにもそれぞれの思惑がある。現政権が倒されれば再び職にありつける者が大勢いるだろうし、利権争いで有利に立つ者も出てくるだろう。
『いろいろな人たちの、いろいろな欲望が、見えない渦となってスパーク』
するのが、4年に1度の市長選挙なのだ。今回は現政権であるオレンジカラーと、前政権のブルーカラーとの戦いである。ブラジルの選挙では政党ごとにシンボルカラーがあり、支持者がその色を身に着けて応援するのが一般的だ。わが町ではオレンジ対ブルーの一騎打ち。果たしてどちらが勝つのだろうか?
◎お祭り騒ぎの集会
選挙戦2か月ほど前から町の至るところで集会が行われ、タダ酒、タダ肉が振る舞われる。それらを『ラッキー』とばかりにハシゴをするのが、我々のようなどっちつかずの庶民の楽しみであったが、この集会の盛り上がりときたらフツーの日本人には想像もできないほどなのである。
まず、巨大なスピーカーから出力される候補者の応援ソングに鼓膜を破られそうになる。ブラジル人はとにかく爆音好きである。音質云々よりも、どれだけ喧しい音をかき鳴らすことができるか?という点に重きをおいているので、ただもうひたすらにウルサイ。それに加えてバイクの空ぶかしや爆竹、タダ酒をガブ飲みした酔っ払いなどが狂喜乱舞の大騒ぎをしているのだ。
約2か月もの間、このようなお祭り騒ぎが毎週末行われるのである。その盛り上がりは、カーニバルよりもサン・ジョアン祭りよりも凄まじい。大統領選だって、市長選挙の熱狂に比べればカワイイものだ。田舎町の住民にとっては、雲の上の存在である大統領よりも、わが町の市長が誰になるかの方がはるかに重要な問題なのである。
◎しらす商店が推す候補
さて、まるで他人ごとのようにこのイベントの成り行きを見守っている我々であったが、実はまったく興味がないというワケでもないのだ。できれば、現政権側(オレンジカラー)に勝ってほしいというささやかな望みをもっていて、それはなぜかというとフェイラ(青空市場)がカンケーしているのである。
我々、しらす商店の主な収入源はフェイラでの売り上げだ。つまりボクらにとって、この部分に関してだけは他人事ではないのである。どちらの候補者が勝っても、週1回の青空市場が消滅することはないだろう。が、政権が交代すると諸々の勝手が変わることが多々ある。ありがちなのが出店場所の変更などで、すでに慣れたポント(定位置)で常連客を抱える我々にとって、そのような変化は好ましいものではない。
(現政権が維持されれば、ドラスティックな変更などは行われないだろう)
という安直な理由により、密かにオレンジカラーを応援している我々しらす商店なのである。
◎オレンジが負けるかも!?
ところが、少し前に気になる情報が入ってきた。
いつものように青空市場で仕事をしていると、顔見知りのおじさんがヒソヒソ声で話しかけてきたのである。
「おい、市長選の件だけどな。オレンジが負けるかもしれんぞ」
と、やけに真剣な顔つきなのである。トレンディーな話題なのでボクも興味をもった。
オレンジが負けるという、その根拠を訊ねてみると、
「ワシはこの40年間ずっと選挙ウォッチャーをしているが、今年のブルーの勢いはすごい。〇〇(現市長の名前)のヤツ、すでに敗色濃厚じゃよ」
などと、確信に満ちた表情で断言するのである。
たしかに町を観察していると、ブルーカラーのTシャツを着た人たちが多く歩いているような気がするし、SNSなどで現市長への批判を目にする機会も増えてきた。
「そうか。ひょっとしたらそういうこともあるかもしれないな」
曖昧に応えると、
「なーに言ってんだ!ほぼ確定じゃよ。40年の経験があるからな。このワシにはわかるのじゃ!」
口角泡を飛ばしながら、再びそう断言したのである。
この話がもし、オレンジカラーの熱烈な支持者の耳に入ったとしたら、取っ組み合いのケンカになってもオカシクはない場面である。このような放言がキッカケとなり、刃傷沙汰に発展するケースは枚挙に暇がない。
どこの国にいっても、
『サッカーと政治の話はタブー』
とはよく言われることだが、それはけっこう本当のことなのである。
◎賭けの対象にも
余談だが、この政治イベントが盛り上がる要素がもうひとつある。それは『賭け』である。もちろん公的なギャンブルではなく、庶民同士で行う私的なアポスタ(賭け)だ。これが違法行為にも関わらずそこら中で行われているのである。
賭けの対象は様々で、友人のブラジル人青年(26歳)は、仕事仲間と200レアル(約5200円)程度の賭けをしたと言っていたが、これぐらいならすこぶる健全なクラスである。もう少しレベルが上がると、バイクや車を賭けるようになり、これが狂人の域に達すると、家や土地、または全財産が対象となるのであり、ここまでくるとマンガや映画の世界である。4年に1度、このような悲喜こもごものドラマが繰り広げられるブラジルの市長選。2024年の結果や如何に!?
◎おじさんが…
固唾を飲んで見守るボクらであったが、その後、意外な事件が次々と発生したのである。
まず、選挙ウォッチャーとして40年の経験を持つ例のおじさんだが、その彼が突然亡くなってしまった。ブルーの勝ちを確信し、また至るところで自分の意見を吹聴していた彼のことであるから、まさかオレンジのまわし者に暗殺されてしまったのでは!?と、訝しんだが、現実は映画のようにドラマチックではない。聞くところによると、釣りに行った際、草の茂みに潜んでいた毒ヘビに咬まれてしまったというのだ。急いで病院に搬送されたが、残念ながら助かることはなかった。まさかこのようなカタチで命を落とすとは、本人もまったく予想していなかったことであろう。人生とは、本当に何が起きるか分からないものだ。
◎対立候補の妻が出馬!!
それから、選挙戦線にも異常が起きた。現市長の対立候補であり、前政権の市長でもあったホベルト(仮名)が、現役時代の汚職により、立候補資格を失ってしまったのである!
万事休すか!と、ブルー陣営の誰もが落胆したが、そこで無理やり担ぎ出されたのが、ホベルトの妻であるクレイア(仮名)だ。1度も議員経験のない彼女が、『ホベルトのクレイア』という名前で出馬表明をし、いきなり市長候補となったのである!
『さすがはブラジル』とでも言うべき出来事だが、すでに投票日は1か月後に迫っていた。
『汚職で立候補資格を失ったダンナの妻』が代わりに出馬したところで、果たして勝つことができるのだろうか?ボクはもちろん、野良犬までもがそう思ったが、そんな不安をよそにクレイアは馬車馬のごとくPR活動に従事した。汚職ダンナも一緒に頑張り、彼らの選挙パレードはオレンジカラーをはるかにしのぐ盛り上がりを見せたのである。
ブルーの旗をつけた車やバイクが喧しいクラクションとともに行列をつくり、街宣車に取り付けられたバカデカいスピーカーからは候補者の応援ソングがものすごいボリュームで流される。
この目立ってナンボの大名行列は、『carreata(カヘアッタ)』と呼ばれ、ブラジルの伝統的な選挙活動として、特に田舎などでよく見られる現象だ。ブルー陣営のcarreata の勢いは凄まじいの一言で、参加者の列は何kmにも及んだ。SNSでもその様子が拡散され、あの『選挙おじさん』の予言が現実味を帯びようとしていたまさにその時、誰も予想し得なかった事件が起きた。
◎選挙の結果は?
なんと、そのcarreataで衝突事故が起き、10代のうら若き娘さんが亡くなってしまったのである!その子はしらす商店でもよく買い物をしてくれたエキゾチックな顔立ちをした美人で、町は深い悲しみに包まれた。投票日のわずか1週間前の出来事だ。
これが原因の一端になったのか、それとも事故の有無などカンケーなかったのか、それを知る術はない。しかし結果からいうと、わが町の市長選挙はオレンジカラーの圧勝に終わったのであり、おじさんの予言は見事にハズレてしまったのである。
彼にとって圧倒的に不運だったのは、汚職によってホベルトが立候補できなくなってしまったことであろう。これは誰にとっても想定外の出来事で、ボク的にはそれが『ブルーの決定的な敗因になった』とニラんでいるのだが、彼だったらどう分析したであろうか?
何はともあれ、天国のおじさんも苦笑いを浮かべながら下界の狂騒を楽しんだに違いない。
それではまた再来月!!
月刊ピンドラーマ2024年12月号表紙
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