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「糖尿病治療で医術を考える(4)~どんな薬で糖尿病を治療するの?~」 開業医のひとりごと 秋山一誠 月刊ピンドラーマ2023年9月号

さて4月に開始した「我々人類の将来を脅かす糖尿病」のひとりごと第4弾です。今回は治療薬について考えていきます。1回目の「糖尿病とは」で書いたとおり、この疾患そのものは紀元前の文献に記載があるようにかなり昔から存在を知られていました。しかし、糖尿病の病理機序の確定は約100年前と比較的最近です。1921年にBantingとBestによるインスリンの発見により、どの物質がこの疾患と関係しているかが判明し、薬物的な治療方法の方向性ができたと言えます。

そこで、インスリンを投与する治療方法が始まったわけですが、いくつか大きな問題がありました。インスリンは生体内で作られるホルモンです。まずどのようにしてその生体物質を確保するのかでした。100年前はこのホルモンを合成する技術はなく、哺乳類の膵臓から抽出するしかなく、1922年に牛から抽出されたものが初めて人に投与され、以降、豚、牛、鯨等のインスリンが製品化され、1型糖尿病患者が生存できるようになりました。しかし、動物由来の製品はアレルギー反応や作用面で問題点が多々ありました。1980年代にインスリンを合成できるようになり、先ず豚インスリンから人インスリンを合成する技術、そして大腸菌や酵母などに遺伝子組み換えをしてヒトインスリンを大量生産できるようになりました。

ヒトインスリンが使用できるようになってアレルギー反応は激減したのですが、インスリン特有の作用面の問題点は解決しません。インスリンは体内で持続的に分泌されて、生理的な状況では空腹時や食間に肝臓で糖新生やグリコーゲン分解を調節するための「基礎分泌」と食後に糖代謝する「追加分泌」の2パターンになります。(図)

図:インスリン分泌パターン

『インスリンを投与すると即効で作用するので、このような生理的な状況を再現することは困難なのだ』

さらに、インスリンを投与するには注射が必要で、昔は使い切りの注射器+注射針がなく、滅菌消毒したものを繰り返し使用していました。インスリンは瓶に入っており、それを注射器に吸い取り、投与する単位を合わせ、空気を抜き、注射針を交換してようやく打てるといった面倒な作業を1日に何回もする時代でした。また、だれが注射するか法律的に制限があり(注射業務は医療行為である故)、自己注射が認められたのは1980年代に入ってからです。

これらの問題点から、「簡単に自己注射でき」、「生理的な作用をするインスリン」、さらに注射をしないといけない治療方法ではなく、「経口投与できる治療法」が開発のテーマとなりました。最近は簡単に自己注射できるペン型の糖尿病治療薬、持続効果がある持効型溶解インスリン、即効性の超速効型インスリン、経口血糖降下薬、インスリン以外の注射薬が薬物療法を支えています。未来に目を向けると、血糖値の状態で自動的にインスリンを投与するシステムや膵臓の細胞を修復する幹細胞治療や細胞増殖、移植などの再生医療が有望です。

『それでも、「糖尿病はならないのが一番」であることは変わりないぞ』

糖尿病の治療原則は「食事療法」、「運動療法」、「睡眠、休養、ストレス管理」などの生活習慣改善に加えて薬物療法を必要に応じて投与する、です。今回は先に薬物療法の薬を羅列します。

インスリンは1型糖尿病患者では必須の治療薬ですが、2型でもインスリン分泌低下例には経口血糖降下薬に持効型インスリンを追加して基礎インスリンを補充する治療法(BOT、Basal supported Oral Therapy)もあります。インスリンの種類は“効果の速度”により分類され、名称のとおりで5種類あります:超速効型、速効型、混合型、中間型、持効型。インスリンの副作用はアレルギー以外は基本的に低血糖であり、そういった点ではわかりやすい(副作用を警戒しやすい)薬剤と言えます。

経口血糖降下薬は特に2型糖尿病に有用で、基本的には先ずこの種類の投薬から始めるのが原則です。2型糖尿病の病態は「インスリン分泌機能低下」と「インスリン抵抗性増大」のいずれかあるいは両方によって「インスリン作用不足」がおこり、食後高血糖、空腹時高血糖が現れます。高血糖が持続することにより、「糖毒性」状態がさらに病態を進行・悪化させる悪循環がおこります。したがって、治療薬はどのような病態があるのかを把握し、それら病態に応じて投薬を選択します。経口血糖降下薬は現在7系統あり、それぞれ作用機序が異なります。

表:経口血糖降下薬の作用機序と副作用

インクレチン関連注射薬はインスリン以外の注射薬です。GLP-1受容体作動薬やGLP-1アナログと呼ばれます。食物摂取すると小腸でGLP-1が分泌され、そのホルモンが膵臓に作用しインスリン分泌を促進し、グルカゴン分泌を抑制します。この点はDPP-4阻害薬に似てます。その他中枢神経系を介する食欲抑制、胃排泄遅延、心保護など膵臓以外にも作用があります(註2)。副作用は悪心、胃食道逆流、便秘など消化機能の遅延と関連するものや体重減少があげられます。

『経口血糖降下薬は3剤まで併用できる。各薬剤の作用機序は医科学的に判明しているが、どの組み合わせが個々の患者さんに有用なのかを判別し、処方するのが医術であろう』

次回は糖尿病の治療原則、生活習慣改善について考えてみます。

註1:糖質摂取により血糖値がいったん上昇しても30 分ほどでふたたび低血糖が生じる。
註2:体重減少もあり得るので、ブラジルではオフラベル(認可適外)であるがやせ薬として乱用されている。非常に高価なので、金持ちしか使えないが。


秋山 一誠 (あきやまかずせい)
サンパウロで開業(一般内科、漢方内科、疫学専攻)。
この連載に関するお問い合わせ、ご意見は hitorigoto@kazusei.med.br までどうぞ。
診療所のホームページ www.akiyama.med.br では過去の「開業医のひとりごと」を閲覧いただけます。

月刊ピンドラーマ2023年9月号表紙

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