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長距離バスターミナルが纏う憂い

夜明け前の長距離バスターミナルには、否が応でも旅愁を感じてしまう。

眩しいくらいに明るいバス会社の看板が、ひとけの少ない暗闇のバスターミナルを照らしている。早起きして重い荷物を運んだからか、それともこれからバスに長時間乗り続けることを憂慮してだろうか、待合室でじっと出発を待つ人々の顔は、皆一様に青白く疲れている。きっと僕も彼らのうちの1人なのだろう。

バスターミナルに集う僕らは、性別も世代も違えば、パーティー構成も行き先も目的も異なる。しかし、共通しているのは、バスに乗って各々の目的地へ向かうということだ。そう、僕らはこれからバスに乗って移動するのだ。

ターミナルの片隅にある簡易食堂。おじさんがスープを啜りパンを齧っている。僕は、おじさんの斜向かいの席に座り、おじさんと同じレンズ豆のスープとバゲットを食す。「まるで鏡を見ているようだな、あのおじさんはオレだな」なんて同一視する。おじさんと目が合う。一瞬の視線の交錯で「アンタもこれからバスに乗るだろ?お互い大変だな」と労い合う。そんな空気感がここにはある。

夜明け前の長距離バスターミナルが纏うのは、これから長距離を移動する者たちの憂いであり、旅愁なのかもしれない。

夜が白み始める。
ターミナルはにわかに活気づく。
出発の時間が近づいてきた。

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