📓おばあちゃん・わたし（あるいは犬）・おじいちゃん

わたしは母方の祖母に似ている。
それはもう、ほんとうにどうしようもないくらいに。
祖父母が暮らしたこの街にひとり住み続けることの意味は、祖母の人生の続きを生きるためのような気さえしている。

祖母は、祖父のために生きたような人だった、と思う。
そのことに深く納得したのは祖父が亡くなってからのことだったが、思えばそれに気づくきっかけはたくさんあった。
祖母はいつだって祖父のために生きていたし、飼っていた犬のために生きていた。

祖母は「犬の散歩」と称して、犬を抱きかかえて表に出て用を足させて、また抱きかかえて家に帰ってくるという、誰のためのものかわからない「散歩」をしていた。
近所では「犬のおばちゃん」と呼ばれていたようだった。
犬も犬で、そのことに関して何の疑問ももたなかったようで、それ以上の「散歩」を求めていなかった。

わたしは祖母から手作りの布製の小物をもらうことが多かった。
それは、祖母お手製の犬用の服の端切れで作ったものだったけれども、犬とお揃いなのが嬉しくて、とくに気にしたことはなかった。

祖父母の家に遊びに行くと、鶏肉料理が出ることが多かった。
それはたいてい犬用のごはんのために使った鶏肉の余りだったのだけれども、おいしかったのでとくに気にしたことはなかった。

犬はつねに家のなかでトップに君臨していて、犬は祖母が大好きだった。
そして、いつも祖父と喧嘩をしていた。

泊まりに行くとわたしは祖父母と川の字になって寝ることになっていたのだが、犬はそれを許さなかった。
わたしのポジションはいつだって犬の居場所だったから、「おかあちゃんの隣をとるな！」と言わんばかりにわたしと祖母の間に入ってきてわたしを威嚇した。
威嚇といっても、鼻息を吹きかけてくる程度なのでかわいいものだった。
犬は祖父の隣には興味がないようだった。

祖父は天然ボケが激しい人で、だから、晩年の発言は、歳をとったからなのか、もともとの素質によるものなのかがまったくわからなかったけれども、たぶん、もともとの素質によるものが大きく、年齢のわりにしっかりしていたんじゃないかと思う。

祖父を見送ったときのことはいまでもはっきり覚えているし、思い出すと泣いてしまう。
もう何年も経っているのに。
わがままで自由気ままだったけれども、すごくかっこよかった。
遺影につかった写真は、わたしが泣きながら加工した。
悔しいくらいにイケメンで、もう会えないのがいまだに信じられない。

祖父が亡くなってからの祖母は、空っぽになってしまったというか、歳をとるスピードが速くなっていったように感じた。
「早くおじいちゃんのところに行きたいわ」
と漏らすこともあり、わたしは返答に困った。

祖母には長く生きてほしかったし、ずっと元気でいてほしかった。

でも、悲しいくらいに、苦しいくらいに、思っていることがわかってしまっていた。

祖母はビールが好きだけど、タバコは吸わなかったしコーラは飲まなかった。
祖父は酒を飲まないかわりにいつだってコーラを飲んでいたし、よくタバコを吸っていた。

わたしは祖母と同じで、ビールが好きだけどタバコは吸わないしコーラは飲まない。

冷蔵庫にコーラをしまい、「ちょっと行ってくる」といってタバコを吸いに行くひとの後ろ姿を見送りながら、わたしは祖父母のことを思い出していた。

わたしはほんとうにどうしようもないくらいに祖母に似ている。

早く祖母に会いたいし祖父にも会いたいし犬にも会いたい。

でもそうもいかないから、こうして待つことしかできないし、空っぽになってしまうのが怖いから空っぽのままでいようとしている。

それから、わたしが「くさい」って言うのをわかっててわたしの顔に手のひらをぐりぐりしてくる茶番はそこそこ気に入っているけれども、くさいのはくさいのでくさくない別の茶番を用意してほしいなあと思っている。

この街で死ぬまで生きることで、会えずとももっと祖母に近づけたら良いと思う。