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ep.11 イメロヴィグリとドネルケバブ | サントリーニ島の冒険

朝7時すぎ、サントリーニ島の東海岸。ビーチまで日の出を見にいく。横長の雲が水平線にかかっており、なかなか太陽の姿が見えないが、自然は一瞬で動くから見逃せない。突然、レーザーで空を切るような勢いの強い光が、雲の輪郭を縁取る。空の色を塗り替えていく。今日も海は風が強い。鋼色の表面に紺碧の波が押し寄せる。東に日が昇り、西に沈むまで一日を通してその存在を感じられる。迷子になりがちな太陽を探すようなロンドン生活を送る私にとって、この地はとても贅沢である。

7:14AM Kamari
7:46AM
8:16AM

お腹が空いて、昨日見つけたパン屋に着いた頃にはもう11時になっていた。朝はほとんどビーチのベンチで静かに過ごしていた。何度もマッサージはいらんかね?と客引きの女性に聞かれて、最後の方は断るのが面倒になったくらいだった。パン屋の朝は忙しく、昨日よりたくさんのパンがある。あの爽やかで明るいお姉さんが挨拶してくれた。

カマリのパン屋さん

バスの時間があるのでチーズハムパンをさっと買って、美味しそうなティラミスを横目に見ながらパン屋を出る。老舗っぽいビストロみたいなお店のテイクアウト用の窓口でカプチーノも買ってみる。おじちゃんが返してくれたお釣りが足りないのだが、おじちゃんと言ったら、カプチーノを頼むところからかなりマイペースでところどころ手が止まり、客やスタッフと話しこんでしまうので、声をかけるのにもしばらく待ちそうだ。10セントだからと諦めて向かったバス停にはすでに長い列ができている。飲食禁止なので、スーツケースを引きずりながら温めてもらったパンをほうばり、コーヒーを飲み干す。そこにバスが入ってくるが、我々が並んでいたところとは別の場所に停まったので、一同混乱。我先にと群をなしてバスを目指す。数分前に着いたばっかりで後方にいた私はもちろんこのバスには乗れず見送る。

ゆっくりパンを食べる時間ができてよかったじゃないかと続きを楽しむことにする。昨日からなんとなく気づいていたが、この街は中学生くらいの子供たちが道に溢れている。彼らはポータブルオーディオを手に持ち歩き、ラップ音楽をガンガンかけて、すれ違う別のグループの子たちに自分の音楽を見せつけているようだった。やれやれと首を振る道端のおじちゃんと同じく、ワイヤレス社会に生きる子供たちはこんな風になってしまったのかと憂いながら、彼らとは距離を置くようにビーチで過ごしてきた。バス停周辺に集結する総勢100人は軽く超えそうな彼らの姿に、一体平日の昼間に何をしているのか、私にはわからなかった。

先ほどのバスに乗り損ねた組は、バス停が立っている場所ではなく、先ほどのバスがまさしく停まった、駐車場のど真ん中に信じて列をなす一方。続々と到着する新たな人々は、バス停がある場所に並ぶべきか、何もない駐車場に意味ありげな列をなす私たちに付いて並ぶべきか明らかに戸惑っている。

そこに現れた、カラフルな服を着たカップルが「いつもバスの列はこっちだぜ!」と大声でシャウトし、悩む人々を引き寄せる。次こそバスに乗りたい私も気持ちが揺れ始める。次のバスはもしかしてちゃんとバス停に停まるのではないか、と普通ならいらないであろう心配が出てきたのだ。カラフルカップルの後には何故かカップルばかりが並び始める。さっきバスが停まったのはここだし、最初に並び始めたのは私たちだからきっと乗れる!という、イギリスと日本式のQueuingセオリー(常に並ぶ)に従って、私はとどまる。そこへバスがカーブしながら入ってくる。誰もが息をのむそのバスの行き先は、なんとカラフルカップルの方であった。「へっへー」と絶対に不要なヤジをこちらに飛ばしてくるカラフルカップル。悔しい。悔しすぎる。

Queuingの概念がないのなら、品がないが先に乗ったものがちである。スーツケースでゴーゴーと音を立てながら、私はバスに近づく。幸い後方の扉からも乗せてくれたので、席を確保。バスは一瞬でぎゅうぎゅうとなり、乗れなかった人を残して出発する。カマリからフィラまで約15分ほど、いつものあのバスステーションに戻る。

本日の宿はいまだに読み方がわからない、Imerovigli(イメロヴィグリと読む)。サントリーニでどこに泊まろうかと調べた時に、サンセットが綺麗で、落ち着いた街と描写されており、最悪交通機関が見当たらなかった場合でも、首都フィラから歩いていけそうな距離だったので、ここに宿を取った。オーシャンビューで青を基調としているこの宿の写真の素敵な部屋は、この旅で一番の予定だった。

イメロヴィグリへのバスの乗り換えまで45分ほどある。この隙間時間に金曜日に行けそうなクルーズツアーを予約しに、旅行代理店を訪れる。こうやって代理店の窓口で予約をしてチケットを印刷してもらうのは何年振りだろうか。このボートクルーズは、活火山でのハイキングと、ホットスプリング(温泉)まで泳ぐというアクティビティが含まれている。このホットスプリングに心惹かれて申し込むのだが、なんとホットスプリングまでは船からジャンプして海に飛び込み、泳いでたどり着く必要があるという。なんてアドベンチャラスなんだと興奮するものの、海で泳いだことがなく、船からジャンプなんてしたこともない私には怖すぎるレベルの高い内容である。ホットスプリングで水着に色が付いてしまうので白地は避けるように言われるが、私の水着はちょうど白地に花柄でありこれも問題ありである。ふーむと思いつつも、ホットスプリング泳ぎをするかどうかはその日に決めれば良いか。明日もう一度あのレッドビーチに行って、初めての海泳ぎを試してみる、という手もある。それで行けそうかどうか様子を見てもいいだろう。先ほどのバス停に戻るとすでにイメロヴィグリ行きのバスが待っていた。

バスに乗り込むと、朝のカマリにもいたと思われる中学生ギャングが数人座っている。なぜ落ち着いた大人の街イメロヴィグリ行きに、ギャングが座っているのだ。バスの窓から外を見ると、今日のバスステーションはギャングたちで溢れている。私と同じくらいの背の高さの大人びた彼らは抱き合ったりケンカして押しあったり、昼間のバスステーションがまるで夜のクラブである。バスにのっていたギャングは比較的静かだが、バスを降りたり乗ったりと落ち着きがない。そこに若い女の子が近づいてきて、それはバス運賃の回収だった。€1.6というので、€1.7を渡すと(またしても10セントがなかったのだ)、そのままぱっと去ってバスから降りてしまった。よく見ていないのかわざとなのか、呆気に取られる私はチケットを財布にしまいながら考えてしまう。10セントといえど、今朝はカプチーノに続きこれで2回目である。違うと思ったらすぐに声をかけるべきだが私はこれが苦手だった。お釣りの間違いを正すことに全く引け目を感じる必要はないとわかっていても苦手なのである。そうとなれば今後はきっちり払うか、少なく払うか、このいずれかである。そうしよう。少なく払えば、彼らはもう少し慎重になるはずである。

バスの扉が閉じると、ほとんどのギャングたちが乗ってこなかったことにホッとする。彼らはこれからどこに行くというのか。学年単位で動いているように見えるが、先生らしき大人がどうも見当たらないのである。バスは15分ほどでイメロヴィグリに到着し、小さなスーツケースと共に坂道を登る。道が狭く、歩道のないところが多い。車が横スレスレを通っていく。ホテルらしき小さめの建物が見つかり、ひっそりと隠れたレセプションを見つける。

#イメロヴィグリ

暖かいダウンベスト姿で受付にいた女性は、事前にチャットでやり取りしていたハラさんのはず。名前を聞くと、そうだといい、彼女も私とチャットしたことを覚えていた。彼女は若く、ハキハキと明るい雰囲気を持っていた。手書きの街の地図でおすすめのレストランや、スーパーマーケットの位置、フィラとイアまでハイキングしたい場合の行き方など「これこそ!」という素晴らしい案内をしてくれた。サンセットにおすすめの場所を尋ねると、スカロスだという。泳ぎにおすすめのビーチを聞いてみると、やはりレッドビーチ、ペリッサ、カマリだという。レッドビーチの近くのPrehistoric excavation museumがすごくおすすめだというが、どういうところですかと尋ねると、つまりそこは火山の噴火でなくなってしまった街の考古学博物館だという。イタリアのポンペイに行ったことがあったので、そこまで聞いてなんとなくイメージがついた。

今日は体の疲れを感じていたので、ハイキングもビーチも行けないが、ハラさんの勧めなら行ってみたいと思わせる女性であった。初めて会った人でも、直感的にこの人の好きな場所はきっと良い場所に違いないという勘が、長年の旅を通して働くようになった気がする。せっかくなのでギリシャ語についても聞いてみる。例えば、フィラはΦηράと書かれている、ΦはThの発音記号に似ているので、フィと発音される理由がなんとなくわかるが、Pはピーではないのかと聞くと、PはRの発音なのだという。もう一つの街Oiaの発音は、どうやらイアのようで、それも疑問に思っていたと伝えると、Oは発音しないのだという。最近フランス語でもs, e, tは発音しない?と習っていた私は割とすんなり受け止める。発音しなくても必要な文字なのだ。そうなのだ。深く追わず、時に丸覚えしてしまうのも語学だ。

モップで水掃きしたばかりだが、15分待ってくれれば部屋に入れるというので、コーヒーを入れてもらって本を読みながら待つ。ハラさんはアテネ出身で、もう少しでサントリーニの観光シーズンは終わり。しばらく宿を閉めるため、アテネで過ごす予定だという。アテネにはあまり仕事がないらしく、たくさんの人がアテネからこの島に働きにきているという。そういえば、昨日も道端で話した男の人がアテネから仕事で来ていると言っていた。普通は仕事を探しに首都へ人が流れると思うのだが、アテネは違うのか。部屋の準備ができたというので入ってみると楽しみにしていたオーシャンビューの窓がない。期待が高かっただけに、この時ばかりはハラさんにオーシャンビューの部屋を予約したのだけど、と問いかけてみる。ハラさんは、そもそもスタンダードルームに窓付きの部屋はないという。すぐに諦められずにいる私に、屋根の上がバルコニーになっているので、そこにテーブルと椅子を置いて座れるようにしようか?そこから海が見えるよ、という。それでもオーシャンビュー付きの部屋とは違う気がするけど、早めにチェックインさせてもらったのもあって、それでお願いします、と落着させる。案内された部屋は青のベッド、鏡、ドア、机、椅子と統一されていて、とても素敵だった。

早起きしたせいか少し眠かったので、ベッドで本を読みながら短い睡眠をとる。1時間ほど経って、遅い昼食を探しに宿を出て、海沿いを行くと北西の街イアが遠目に見える。誘っているかのような細い小道から伸びる階段をちょっと降りる。

あまり行きすぎると戻りが大変そうなので、今日は控えめな散策だ。ハラさんの地図に載っていたレストランも一つ一つ見て、どれも素敵なのだが値段がはる。地図上ではベーカリーがあるというので行ってみると、ただのベーカリーではなく、ほぼ全てのギリシャ料理を網羅しているような万能店であった。しばらく野菜を食べていないので、迷った末にサーモンサラダを頼む。近くにJimmy’sというお店も見つけて気になったままに入ってみる。キリッとしたおばちゃんと、キリッとしたお兄さんの二人が広いカウンターでせっせと働いている。おばちゃんがすぐに注文をとってくれた。強風でキャンセルされてしまったフェリーの返金がされるかわからない私は、食べ物で節約しようと思い、ポークの串一本を頼む。おばちゃんはそれだけか?とばかりにラップサンドにするか?と聞いてくれるものの、間違いのないように串で食べるジェスチャーをして、串だけで大丈夫です、と伝える。

メニューにはケバブとあり、回転式のグリルでローストされている。そこから削ぎ落としたポークを串にさし、さらに炭火のバーベキュー台で焼いてくれる。一本の注文に10分ほどかけてくれたと思う。男性が紙袋にその串と何か他にも詰めてくれた。受け取った紙袋の中をのぞいてみると、楕円状にカットされたフライドポテトが入っている。串はとても美味しそうで、道を歩きながら温かいうちに一口かじってみると、美味しいのなんの感動ホルモンが脳を駆け巡る。それは日本の炭火焼肉店のジューシーな焼き鳥のようだった!!

体は重たいものの宙に浮くようなハッピーな気持ちでホテルに戻り、ハラさんがオーシャンビューと用意してくれた外のテーブルでお昼ご飯にする。海が見えて気持ちいいが、本日も風が強く、途中食べ物が飛ばされそうになるのを手で押さえながらの食事である。フードをかぶってブルブルしながらも、オーシャンビューなんだからとい言い聞かせて食べ続ける。ベーカリーで買ったサラダには、柔らかめの大ぶりのパンがついてきて、値段の割に今日のお昼はとても豪華な内容になった。パン用なのか、オリーブオイルも付いてきて、パンをディップするとこれまた素晴らしく美味しい。シンプルなのに美味しい食べ物こそが私の中では美食である。大満足のまま、サンセット近くなった海沿いの道へ再び舞い戻る。

空には濃いグレイの雲が重たくかかっており、劇場のベルベッドの幕のようである。幕が降り切る寸前の、空と水平線の隙間から、濃いオレンジと赤の混じったサンセットが見える。毎日雲の状況によって異なる美しさを見せるサントリーニの夕日。美しさに目を奪われ、しばらくその場に佇む。

すっかり暗くなった道の小さなスーパーマーケットで見つけた日清のカップ麺を夜食用に買っておく。海は暗く、空を眺めると星がとても綺麗である。再びJimmy’sに寄って今度はチキンの串を一本頼む。暗いので早くホテルに戻らねばと思いながらも、美しくライトアップされた景色に釘付けになり、戻ることができなかった。教会を過ぎて砂利道に入るところでさらに暗くなってきたので、今日はここまでだと思い、引き返すことにする。黒猫がさっと通りすぎて壁を登っていく。

カップ麺を食べようとホテルへ戻るとケトルがない。レセプションへ行くと、すでにドアが閉まっていて、貼り紙に連絡先が書いてあるものの、緊急用とある。私のカップ麺のためにハラさんを呼び戻すことはできない。Jimmy’sのチキンの串と残っていたパンやフライドポテトを外のテーブルで食べる。何度も空を見上げる。すっかり冷えた体に温かいシャワーを浴びて、髪を乾かし、青いブランケットの布団に潜る。

遠くの光はイアの街


ここまで読んでいただき、ギリシャ語のありがとう!Ευχαριστώ(エッフハリストーという発音に私には聞こえます)。

年末年始を挟んでしばらくお休みをしていましたが、サントリーニの旅の話は後半に入りました。

「サントリーニ島の冒険」は、100ページを超える手書きの旅誌をもとに、こちらnoteで週更新をめざしています。

ミロス島行きを失った旅人を朝ドラのようなナレーター調で綴った、一つ前の記事エピソード10はこちらです。

これまでの記事はこちらに綴っています。お時間があればぜひ訪れていただけますと嬉しいです。