【おはなし】 メロンパン化現象
あったかそうな服を着ているひとほど、なぜか寒そうにしている。
彼らはメロンパンみたいなモコモコのダウンジャケットを着て、亀みたいに首を縮めて歩いている。背中は『?』マークみたいにカーブを描き、小刻みに震えながら歩いている。
2月になってもまだ半袖姿の僕は、すれ違うひとたちの好奇の視線をビシビシと感じる。
「あのですね、これはアレを3回も打ったから身体がおかしくなったんですよ」と説明をしたいけど、僕と目が合うと誰もが足速に通り過ぎていく。誰も相手にしてくれないから、僕は毎日フェンスに向かって喋っている。
その駐車場は住宅街にある。
時間で課金するタイプの駐車場じゃなくって、舗装された地面に白線が引かれている月極め契約タイプの駐車場。だから誰でもカンタンに入ることができる。
お昼休みになると、スモーカーたちが日向ぼっこをしながら休んでいる。僕は彼らの一服が終わるのを会社の窓から確かめてから駐車場に歩いていく。
かるく屈伸をして足を伸ばす。座り仕事で硬くなった足腰をお昼休みに少しでもほぐしておきたい。
「いっち にい さん しい」
続いて僕は肩と首をまわす。
「ごお ろく なな はち」
最後にジャンプをして終了。
「くー じゅー」
ストレッチが終わると、僕は忍足でフェンスに向かって歩いていく。なるべく足音を立てないように。だけど、においで僕が近づいているのが相手に伝わるようなスピードで。
その子は駐車場の壁と隣のお家の隙間に隠れている。白い毛並みに少しだけ黒色が混じった身体をして、たいていの場合は、まぁるくなって眠っている。落ち葉と雑草がまるで雪で作ったかまくらみたいに天然の寝床をその子に提供している。
僕はその子を起こさないように、そおっと寝顔を眺める。たったそれだけで僕の心はポカポカしてくるから不思議だ。
ときどきその子は起きている。今日の午後はラッキーだった。
僕がストレッチを終えて忍足で歩いていくと目が合った。
「あら、起きてたんですね。こんにちは」
「・・・・・・」
「今日はお日様があったかいですね」
「・・・・・・」
「もう、お昼ご飯は食べたのかにゃ?」
「・・・・・・」
もう少し近寄ると鋭いツメで切り裂かれそうだから僕は我慢する。この距離を保っている限りはお互いに安全なのだ。
にゃんこブックによると、彼らと目を合わせるのはよくないみたいだから、僕はじっとは見つめない。壁を見て、空を見て、にゃんこを見る。
「おまえ、なんでいつも半袖なんだよ」と鋭い視線が僕に語りかける。
「だって、この方が光合成できるじゃん」
「おまえ、人間の形をした植物かよ」
「いや、植物の形をした人間だよ」
「どっちでもいいや」
「そうかもね」
「ふん。もういけよ」
「うん、また明日ね」
「ふん」
僕はネコにさよならを言って会社に戻っていくのだ。
メロンパンみたいな人間が増えていく。
きっとみんな、パンが大好きなんだな。パンが好きすぎて身体がパンみたいにぷくぷくしていくんだな。
お米に取り付いた菌は花を咲かせて『糀』になるという。それと似たような現象がパンの世界にも起きているのかもしれない。
おしまい