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【おはなし】 雨音と半透明人間

今日も私は半透明人間になっている。自宅の窓に取り付けたすだれに隠れている私を肉眼で捉えることは非常に難しい。

リモートワークというのは便利なもので、どんな服装をしていても誰にもバレない。画面越しの定例報告会のときだけ身なりの良い格好をすればいいのだ。

この国の梅雨は、じめじめする。私はパンツと靴下だけを身につけて、今日もリモートワークに励んでいる。

私は新聞記者の下っ端の下っ端。誰でもできる調べ物をパソコンや書籍を使って行なっている。たいていのことはネット検索で裏が取れる。専門的なことや古い事象は図書館にお世話になることが多い。

今日は雨だし出歩くのが億劫だからネット検索で進めれるところまで終わらそう。



午前中。

朝の8時から始めた調べ物。

通学途中の小学生がカサを振り回して元気よく走り去っていった。お買い物に向かうご老人がゆっくり足で歩いていった。宅配便が隣のお宅に届いた。

あとは静かな平日だった。私を邪魔する者は誰もいなかった。



午後。

軽くランチを済ませて1時から再開。私は窓を開けて外の景色を眺めながら調べ物を続ける。

選挙のアピール合戦が静かになると、雨音が強くなり、カサを持たない高校生が自転車で爆走していった。小さな水たまりの中を自転車のタイヤが素早く通り過ぎる音が私の心を刺激した。

目を閉じると、ふと、景色が浮かんだ。

図書館で私を待っている人物がいる。その人物は女性で中学生にも高校生にも見える。1人で静かに本を読みながらノートに何かを書いている。彼女は何かを調べているというよりも、じっと何かが訪れるのを待っているように見える。

もしかして、もしかすると、この私が彼女の役に立てるかもしれない。

目を開けた私はシャワーを浴びて汗を流し、ポロシャツと短パンに着替えてバス停に向かった。

バスが来るまでの時間、私はカバンの中から取り出した小説を読んでいる。村上春樹作『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』。この小説にも図書館が登場する。私の現実と小説の世界が交じり合おうとしているのだろうか。

バスが到着して私は乗り込む。帰宅途中の高校生が大きな声ではしゃいでいる。私は耳栓をつけて彼らの音を遮断する。

図書館前でバスを降りると、私は焦る気持ちを抑えながらゆっくりと歩いていく。転んで頭を打ち記憶喪失になることは避けたい。

図書館の入り口の前に着きカサをたたむ。自動ドアが開かない。目の前には「本日休館日」の案内が見えた。

私はまわれ右をして家に帰った。



つづ・・・きそうな予感