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短編小説 | にんじん

 小学3年生の頃の話である。こんなことがあった。

「ごめん。寝坊しちゃった」
 母の声で目が覚めた。時計を見ると、8時半をまわっていた。

「ごめん。今日はお父さんのお仕事がお休みだから油断しちゃった」

 こんなことは初めてだった。遅刻したことは一度もない。僕はあわてて学校へ向かおうとした。

「待って。お母さんが学校に連絡するから。もう今から急いでも1時間目の授業が始まっているでしょ?だから、1時間目はあきらめて、2時間目の授業から受ければ。朝ごはんくらい食べていかないとさ」

 僕にはそんな余裕などなかった。

「いや、早く学校へ行きたい。1時間目の途中からでもいいから」

 今思うと、僕は真面目だった。実際のところは、真面目というより、ただの小心者だったのかもしれないが。。。

 ランドセルには、今日使う教科書やノートは入っている。昨日ちゃんと用意しておいたから。

「そんなに慌てなくても」

「慌てるよ。じゃあ行ってきます」

 パジャマから学校の体操着に着替えて、すぐに家を出た。


 玄関を出た僕は、最初から猛ダッシュした。学校までは普通に歩けば15分。走れば、数分でたどり着くだろう。

 ランドセルに入った教科書が音を立てる。その音はやがて僕の心臓の音にかき消されていった。
 
 学校が目に見えてきた。急げ!!

 とその時、不運にも、横断歩道の信号が赤にかわってしまった。さすがに立ち止まるしかない。

 やけに赤信号が長く感じた。まだか、まだか。。。


「あぁ、山田くーーーん」

 振り向くと、同じクラスの昌彦くんが立っていた。

「どうしたの?そんなに慌てて」

「だってもう遅刻してるんだよ。そりゃ、急ぐでしょ」

 昌彦くんはキョトンとして、こう言った。

「僕はいつも遅刻してるから、そんなに気にしない。先生にちょっと怒られるだけでしょ?そんなに気にするなって」

 こいつは大物だな、と僕は思った。

「待って。顔ににんじんがはりついてるよ」

「えっ?」
昌彦くんは、顔に手をあてた。

「あっ、本当だ。朝、カレー食べたから、その時にくっついたんだろうね。ははは。これ、山田くん、食べる?」


にんじんを
はりつけたまま
登校す
君の笑顔に
大物感ず


(おしまい)


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