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はじめての恋

 高校は女子校だった。だから、3年間、ほとんど男の子と話す機会はなかった。恋愛に興味がなかったわけではない。けれども、受験が終わるまでは、勉強に集中しようと決めていたのだ。

「あと、半年でセンター試験が始まるね。高3って、定期テストとか、実力テスト、週末には模擬テスト。テストばっかりだよね。普段の勉強時間よりテストしてる時間のほうが長いような気がしてくるよ」

「ホントそうだよね。せっかくのJK生活なのにね。青春時代に勉強してるだけでいいんだろうか?」

「そうだね。共学だったら、勉強の得意な男子と一緒に、励まし合いながら、勉強することもできただろうに。女子の友情もいいけど、恋愛はね。やっぱ、合格してからだね。恋愛は…」


 高3の夏になって、頭では勉強に集中しなければならないことは理解していても、なかなか受験勉強が捗らず、私は塾に通うことにした。前々から母には「塾に行ってみれば?」と言われていたが、時間を拘束されることが嫌だったから、無視しつづけていた。

「じゃあ、とりあえず夏期講習だけ」

 学校とは違って、塾に来る人の目的はハッキリしている。学校だったら、部活とか学園祭とか、人によって一番大切なことは異なるが、ここでは成績を上げることだけ考えればよい。

 しかし、人生とは自分の思いとは裏腹に進むものだった。


 私が通った塾は1クラス20人程度だった。どこに座ってもいいのだけれど、いつも教室の真ん中あたりに陣取った。
 指定席があるわけではないが、何度か同じメンバーで集まると、なんとなく、ここは私の席、そこはあなたの席と自然に決まってくる。

 私の前後左右は、みんな違う学校の面識のない女の子が座っていた。遊びに来ているわけではないから、みんな世間話なんてしない。黙々と先生の話を聞いていた。ここにいる間は余計なことを考えず、勉強に集中することができた。

 二週間の夏期講習は、こうして次第に終わりに近付いていった。


 あと残り3日になった。今日も、初日から教わっていた女の先生だと思っていたが、体調を崩したらしい。急遽、残りの夏期講習を、若い男の先生が担当することになった。

 どんな先生が来ようと関係ない。今まで通り授業に集中しようと思っていたが、なかなか集中できなかった。

 まだ大学を出たばっかりといった感じの先生で、イケメンだけど滑舌が悪い。話す度に「そうじゃないでしょ?」というツッコミを入れたくなる。先生がいいよどむ度に失笑がもれた。

「こりゃ、私のほうがしっかりしなくちゃいけないな」っていう感じだった。


 ようやく最終日になった。いろいろあったけど、勉強にはなった。仲の良い友達はできなかったけれど、塾に来た目的は達成できたかな。さて、帰ろうか。

「なんかあの若い先生、面白かったですね」

 帰り際、同じクラスだった男の子が話しかけてきた。

「そうでしたね。頼りないから、自分でしっかり予習してきました」と私は答えた。

「あの、せっかくだから、少しお話しませんか?」

「もう私はここへはたぶん来ません。もしかしたら、冬期講習に来るかもしれませんが」

「そうですか。じゃあまた、冬期講習で会いましょう」


 なんだっんだろう?私となにか話したかったんだろうか?
 まぁ、いいや。とりあえずもう終わったんだし。


 二学期になった。夏期講習の成果かどうか定かではないけれど、成績は上向いていた。あとは自分で頑張ればどうにかなりそうだったけれど、一応、また、塾の冬期講習に参加することにした。

 教室は夏期講習と同じだった。だから、私は迷わず、夏と同じ席に座った。
 そのとき、ふと夏のことを思い出した。途中から若い男の先生に代わったこと、最終日に男の子から話しかけられたこと。

「そういえば、あの男の子、来てるかな?」

 授業が始まる直前、教室の中をグルっと見回してみた。

「あれっ?来ていない」

 とうとう最後の日まで、その男の子は現れなかった。なぜかとても切ない気持ちになった。


おしまい


#短編小説
#オチがない


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