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短編 遠い記憶の明かり

金曜日、私は市川先輩のご自宅に向かった。
「ようこそ、いらっしゃいました。お越し下さり、どうもありがとうございます」
線香をあげた後、先輩の奥様から私宛の手紙を受け取った。
「ここで読んでもよろしいでしょうか?」
「ええ、構いません。どうぞお読みください。主人もきっと喜びます」

私は封筒から、1枚の便箋を取り出した。綺麗な文字で綴られていた。

君がこの手紙を読む頃には、僕はきっと、この世にいないだろう。君と学生時代に、酒をよく一緒に飲みましたね。とりとめのない話ばかりだったけど、楽しかったね。
君は覚えているかなぁ。いつだったか、ふたりで飲んでるときだったかな、「ウィスキーって燃えますか?」なんていきなり君が尋ねたことがあったよね。灰皿にすこしだけウィスキーを注いで、ライターで火をつけて遊んだことがありましたね!懐かしいです。僕はこれから、わけあって旅立ちます。直接君に会って話せたら、よかったんだけどね。ごめんなさい。さようなら。お元気で。

「悠人、お父さんといっしょに理科の実験をして遊ぼうか?」
明くる日、私は一人息子の悠人に言った。
「理科の実験って、なにするの?」
私は、灰皿にウィスキーを注いだ。そして、ライターで火をつけた。

ボッ、ボッっと静かに音をたてながら、青白い炎が部屋の中を照らした。
「わぁあ、きれいだね」
悠人は私の目を見つめながら微笑んだ。先輩とこうやって、ウィスキーの炎を一緒に眺めたことがあったなぁ。あの頃はほんとうに楽しかった。感傷に浸りながら見た炎は、私の過去とこれからの私たちの未来を結ぶ明かりのように思えた。

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