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短編小説 | サルベージ | ある小説家の憂鬱

 ようやく小説家として、デビューすることができた。
 以前から同人誌などで、自分が書いた小説や詩を発表していたが、なかなか日の目を見ることはなかった。

 宝くじを買うような気持ちで、とある有名文芸雑誌に未公表の長編小説をおくったところ、出版の話にまでトントン拍子に進んでいった。

 初版10万部。無名の作家としては考えられないくらいの大きな数字だ。
 しかし、瞬く間に売れに売れて、あっという間に重版が決まった。

 一時期は精神的に追い込まれていた。作家としての夢を捨てようとさえ思ったこともある。
 今回の作品は、いちかばちかで、わたしの実体験をもとにして書いた官能小説だった。

「亜希子さん、素晴らしいですよ。第二作も今回のような感じで書いちゃいましょうね」

 すでに第二作の話も、わたしのいないところで進んでるようだ。
 このチャンスを無駄にすることはできない。わたしは言われるままに、第二作の執筆にとりかかった。

「亜希子さん。どうしちゃったの?濡れ場がだいぶ少ないよね。亜希子さんの読者は、ベッドシーンを期待しているんですよ。だから、この章とこの章との間と、あっ、ここにも。10枚くらい、エロければ何でもいいから加筆してくれない?」

「いえ、前作もエロいものを書きたかったわけじゃないんです。女の揺れる心理を描ききりたかったんです」

「亜希子さん。作家をなんだと思っているのかなぁ?亜希子さんが書きたいか、書きたくないかなんか、どうでもいいんですよ。仕事なんだから。一番大切なのは、売れるか売れないかなんですよ。読者は、あなたの官能世界の虜になった。それで十分でしょ?本当に書きたいことか、そうじゃないかなんて、たくさん書かなければわからないじゃないの。つべこべ言わず、濡れ場をもっとたくさん書いちゃってくださいね」

「書きたくありません。どれだけ身を削って書いたのか、あなたには理解できないようですね」

「身を削るのが、作家というものですよ。ただ空想だけを書いていればいいわけではありません。心の奥底に沈んでいるものをサルベージするようなものですよ、小説を書くっていうのはね。亜希子さんの場合は、それが官能小説だった。それだけです。とりあえず、しばらくの間は、官能小説1本でやっていきましょう」

「そうですか。わかりました。書きたいものではなく、売れるものを書きたいと思います… …」


おしまい

以前書いた短編の再掲です。
イラストは差しかえました。


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