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たんぽぽノート 1話

 私の名前は鼓草つづみぐさ 咲さき。現在、遅刻しそうです!

 夏の日差しに照らされた道は熱を帯び、走る私の体力を奪い続ける。汗だくになりながらも私達は駅へと走り続ける。

「風花!急がないと乗り遅れるよ!」
「うぇぇ……溶けるぅ………暑さがキャパい……」

 ぎりぎり、発車寸前の電車に滑り込む。車内は冷房が効いていて、外よりずっと快適だった。しかし今は朝の通勤時、人が多く、折角の冷房も効果が薄く感じてしまう。

「冷房ちゃんとついてるのこれ〜?暑すぎぃ……」

 そう言ってうなだれているのは柳やなぎ 風花ふうか。小学校の頃からの付き合いで、私の親友だ。いつも自由気ままで天真爛漫、吹き抜ける突風のような子だけど、今日は猛暑にやられて、トレードマークのサイドポニーも心無しか元気が無い。

「ねぇ咲……旅に出たいとは思わんかね……?」
「思わないよ……。そう言ってまた学校サボろうとして、今回はだめだよ!」

 気が向くといつの間にかどこかに行ってしまい、学校をさぼる事もしばしば。半ば強制的に付き合わされる私にとって、皆勤賞は幾ら泳いでもたどり着かない蜃気楼の島のような物だった。

「いいじゃーん!今の私見てよ!今にも溶けそうなアイスみたいじゃん?これは涼しさを求めてさすらいの旅に出る他ないでしょ!」

 風花を見ると、汗ばんだ肌やしっとりと濡れて肌に張り付く髪は確かに一目で暑さを感じさせる。まぁどちらかというと、端整な顔立ちとスタイルに浮かび上がった汗の雫は、暑苦しさより艶っぽさを抱かせる気もする。

(我が親友ながら、暑そうにしてても絵になるというか……美少女なんだよなぁ)

「旅に出る他あるよ……、あと二駅で学校だよ?あんまりさぼると出席日数だって足りなくなるよ?」
「むぅー、けちぃー」
「それに私は旅より冷房の効いた部屋でまったりしながら本読む方がいい」
「うーん……わかりみが深い………」
「だからほら、ちゃんと学校行こ?教室は冷房効いてるし、何ならジュースでも奢るから」
「わーい!」

 ジュースの奢りと聞いて元気になった風花。現金だな〜とも思うけど、風花は元気な方が似合ってる。それに、水分はやはり大切だ。渇いた喉を鳴らしながら改めてそう思った。

─────キーコーカーンコーン────

「お昼だぁ♪咲ー、屋上でご飯食べよ!風を感じて気持ちいいよー、多分!」

 昼休みの鐘が鳴り、先生が教室を出ていくと同時、風花がお弁当を片手に騒ぎ出す。

「えー、屋上エアコンないし多分凄く暑いよ?」
「うーん……それもそっか。なら机くっつけて一緒に食べよー♪」
「はいはい……」

 いつものように机をくっつけ、お弁当を広げる。

「ねぇねぇ咲、これ見た?スタビの新作!今日からなんだって!」

 風花がスマホを取り出して、咲に見せる。それは大型コーヒーチェーン店、スタービッグスのメニュー表であり、画面には見るからに苺を盛りに盛った特大パフェが映っていた。

「あースタビね、さっき見たよ、スーパーいちごストロベリー苺パフェでしょ?」
「そうそう!これめっちゃ美味しそうだよね♪しかも二週間限定!これは行くしかない!」
「でもそれ、凄く高いんだよね……」
「え〜?いくらフルーツ特盛りクリームマシマシ期間限定の条件てんこ盛りだからってそんなにお高いわけが………え?」

 広告には『スタビの新作パフェ!スーパーいちごストロベリー苺パフェ、お値段は3980円』と書かれていた。

「───!!?ちょ、これ高すぎでしょ!おかしいよ!こんなの!こんなのって無いよ!!」

 あまりの値段に声を失い、我に返った咲は怒りとショックで声を震わせながら、スマホの画面を指差した。

「あるんだから仕方ないよ」
「クゥ〜……、あたしのスーパーいちごストロベリー苺パフェ………」

 やたら苺推しの激しい名前を呟きながら物欲しそうにスマホを眺める風花。私はおかずをつまみながら画面を下にスクロールしていく。

「あ、でも見て?下の方に他にもあるよ?」

「ほんと……?えーっと、なになに?ストロベリー苺パフェ?1980円?うーん……まだ高い!もう一声」

 人差し指を立てながらそう叫ぶ風花に思わず苦笑を漏らす。

「私に言われても……あ、もう1つ下もある」

「えーっと。いちごぱふぇ……380円!しかもいちごジュースとセットで500円!?ワンコイン!?ワンコ……イン………」

「ワンちゃんは入ってないよ……」

 あまりの安さに思わず思考がショートしたらしい。

「むむむ…これは絶対にいきたい!」
「そうだね……あ、でもこれ1日限定50食だって」
「え……じゃあ朝から注文殺到じゃん!?もう無いかも……」

 再び絶望に打ちひしがれる風花だったが、注意書きに目を輝かせる。

「本日13:00から?つまりこれからじゃん!!」
「でも学校終わってから間に合うかな……」
「今から行けばいいじゃん!」

 私が不安に思うと、風花はさも名案と言わんばかりに言い放った。

「いやいや、落ち着いてよ風花…?ほらまだ授業もあるし……」

 風花はバンと立ち上がって、スマホ画面を見せる。

「咲見て!今12時38分!こっから駅前のスタビまで約10分、今から行けばまず間違いなく間に合う。何なら一番初めに頼む事すら叶うかもしれない。私はこの好機を逃す程アホな女じゃないよ!」

 絶対に何がなんでも行くという強い意思を感じる。それを教室で大声で言うのはアホっぽいけれど。

「でも……授業………」
「授業は明日もある!でもこのチャンスは今しかない!思い立ったが吉日ぅー!!」

 風花は勢いよく咲の手を掴み、教室を飛び出そうとする。

「ふ、風花!鞄持たないと!!」
「おっとそうだった!ついても財布が無いんじゃ意味がない。危うく向こうで絶望君に殺される所だったよー」
「絶望君って誰なの……怖ぁ……」

 あははと笑いながら急いで教室に戻り、鞄を回収する。

「おーい柳ー、お前らどこ行く気だー?」
「あたし達は体調悪くて早退しましたって先生に行っといてー!!んじゃ、チャオーー♪」
「あまり引っ張らないでー!?腕もげちゃうぅーー……」

 クラスメイトの男子に呼び止められると、そう捲し立てて、教室を飛び出して行く。後には咲の悲鳴ばかりが残っていた。

「……全力疾走する体調不良者がいるかっての」
「鼓草も毎度巻き込まれて大変だな〜」
「まぁあれはあれで楽しそうだし、いんじゃね?」
「然り!──しかし、うちのクラスを代表する美少女が2人、走り去ってしまっては……夏の渇きを癒やす潤いが欠けてしまったのも否定し難き事実というものよ……」
「「それなー」」

 クラスメイトは、最早日常と化したその光景を気に止める事なく昼休みを過ごしていく。

───────────────────────

「アコニ先生ー!」

 保健室のドアを開けると、そこにはいつものように優しく微笑む保健教諭の鳥兜とりかぶと アコニ先生がいた。

「あら咲ちゃん、風花ちゃん。そんなに慌ててどうしたの?」

 息を切らす二人を見て何かあったのか訊ねる。

「ゼェー…ゼェー……。はぁ…ふぅ…あのー、具合が悪いので早退したいです!」

 風花は息を整えて、元気そうにそう言った。風花の言葉を聞いたアコニ先生は不思議そうに首を傾げた。

「んー……風花ちゃん?先生の目には全力疾走して息切れしてる以外はとても元気そうに見えるんだけど、どのあたりが具合悪いのかしら?」

 当然の疑問である。とても体調不良には見えない。

「はぁ…はぁ…アコニ先生、すみません。実は……風花、スタビの新作食べたいらしくて……」

 咲が事の次第を説明し始めると、風花はスマホを先生に見せて懇願する。

「これ見て先生!先生の大好きなスタビの新作で、しかも!いちごジュースのセット!限定50食だよ?こんなの行くしかないよ!」
「あらほんと?でも困ったわ。このスタビの新作とても美味しそうだけど、流石に先生、立場的にこれを許すのは……」
「ですよね……。風花、やっぱりもどろ……」
「問題無いんだけど」
「無いんですか!?」

 教師としては問題があるアコニ先生の発言に思わずツッコむも、私のツッコミをスルーしてアコニ先生は話を続ける。

「早退するなら私にいちごジュースを買ってくる事、これが条件♪」
「……はい?」

「だってー、先生の立場だから早退させるのは簡単だけどー。先生だっていちごジュース飲みたいし〜。てことで先生の分宜しくね♪」 
「流石アコニ先生♪任せておいて!あたし達、必ず買って帰ってくるから!」
「漫画なら間違いなく帰ってこないキャラのセリフね〜」
「その……本当にいいんです、先生?」

「まぁいいわよ、気持ちもわかるしね。あ、でも急ぐときは車や転倒に気をつけてね。安全第一よ?」
「はーい!」
「本当にすみませーん!」
「行ってらっしゃ〜い♪」

 元気に手を振る風花と謝りながら走っていく咲を見送る。

「早退なら静かに行ってほしいのだけれど……今更ね」

────────────

「ほら早く、急がなきゃだよ!」
「待ってよ風花早いよー」

 風花は本当に風の子かもと思う程に足が速い。私の足が遅いというのもある。

「だってもう12時55分だよ!あ、見えた!めっちゃ並んでるよ!」
「はぁ…はぁ…風花…10人くらいしか……並んでないよ……」

 専用のカウンターが作られており、既に列が出来ていた。私は行列を確認して、息を切らしながらも呟く。

「10人もだよ!50人なんてきっとあっという間だったよ!」
「そうなのかなぁ…こんなに走る必要あったのかな……」

 実際はランクを上げた上2つを頼む人もいるだろうし、注文は分散すると思う。

「まぁ、取り敢えず買えるんだし結果オーライだって!」

 そう満面の笑みを浮かべる風花はもう既に呼吸が落ち着いていた。

「そ……うだね……」

 パフェを食べる前に先程食べたお昼ご飯が逆流しそうな私は、呼吸を整えることに集中していた。

───────────────────────

「咲、咲!私達の番だよ!」
「私、テーブルで休んでるね…座りたい…」
「店員さん!いちごジュースセット2つといちごジュース1個持ち帰りでお願いします!」

(風花、まるで聞いてない……まぁいっか、それより休みたい……)

 ぐてぇーっと、テーブルにダレる咲。

「合計で1350円になります」

「はーい!ありがとうございます!」

 風花は品物を受け取ると、足早に私が座ってるテーブルに向かう。

「もぉ〜咲ったらぐてっちゃって〜。それよりほら、見て咲!美味しそうだよ!それにめっちゃ可愛い♡」

 テンション爆上がりの風花はスマホを取り出し、写真を撮っていた。

「わぁー!ほんとだぁ!」

(……来てよかった、と思っとこう)

 実物を目の当たりにして少し元気が出た。

「見て!いちごのクリームにいちごのムース!私の大好物♡いただきまーす!あーん………んぅ!───美味しいー♪」

(こういう時、風花はいつも子供みたいだなぁ)

「咲?たべないの?」

 美味しそうにパフェを口に運び、顔を緩ませてはしゃぐ風花を眺めていると、風花に指摘されて我に返る。

「た、食べるよ!あむ……ほぁ……これ、凄く美味しい!」
「でしょ!でしょ!めっちゃ幸せ♡」
「風花は本当に美味しそうに食べるね」
「だって美味しいんだもん」

 そう言いながら頬張る風花に、思わず悪戯心が芽生えた。

「えい!」

 私は風花のパフェのいちごを取って食べた。

「───!?さ……き……?何してる……の?」
「だって、いきなりサボろうって言われて、学校からここまで全力ダッシュだよ?何かしたいなって……」
「わ、私のいちご……いちご……いち……ご……」

 風花が今にも泣きそうな感じで涙を浮かべる。

(しまった、やり過ぎた)

「冗談です、はい、私のいちご上げるから許して、ね?」

 そう言いながら私は自分のいちごを風花の口に運んだ。

「いちご美味しぃ〜♡」
「満足した?」
「満足しました〜!」

 風花の機嫌が直り、ホッとした。そうこうしているうちに私達はいちごジュースセットを完食した。

「そろそろ、アコニ先生の所行かないとだね」

 私がそういうと、一瞬ぽかんとした顔をした風花が手に持ったいちごジュースとアコニ先生の事を思い出す。

「あ!忘れてた!先生に怒られちゃう!早く向かわなきゃ」
「本当に帰ってこなくなるところだったんだ……アコニ先生に愛想つかされるよ?」
「それは困るー!?」
「先生はきっと待ってくれるから歩いていこうよ〜!暑いし、転んで落としたら大変だよー」

 慌てふためいて走り出す風花を、昼下がりの熱線と、蝉の騒音にうんざりしながら、私はとてとてと駆け足で追いかけていった。

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