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インドのひとたちとわたくし。(142)ーベイビー誕生と盗み食い事件

 3月初め、プリちゃんこと、プリ―ティとスミット夫妻に初めての子どもが誕生した。とてもきれいな顔立ちのベイビー・ボーイだ。二人とも美形だからなあ。この子も将来はさぞ素敵な大人になることだろう。

 プリちゃんが、もうすぐママになることを知ったのはつい最近のことだった。

 年明け早々、引っ越し物件下見の立ち会いをお願いしたスミットから、現地への到着直前に、「『サプライズ』をひとり連れて行きます」とテキストがあった。てっきり、フライトのない休日のプリちゃんを連れてくることを言っていると思い込んでいた。そうしたら、目の前で車から降りる彼女が「よっこらしょ」という感じだったので「あれ」と思ったら、ニットドレスに包まれたお腹が、ほんとうにきれいな球形になっていてびっくりした。
 『サプライズ』ってこっちのことだったの?てっきりプリちゃんそのひとのことだと思ったよ。もうひとりいたなんて、と驚くこちらの表情を見て、スミットもうれしそうだ。

 ほんとうはクリスマスに、二人して我が家に挨拶に来ようと思ってクリスマス・ギフトまで用意していたそうなのだが、プリちゃんが体調を崩してそのまま1週間、入院してしまったのだそうだ。今はすっかり元気になったと言っているけれど、妊娠初期はつわりがひどくて6キロも痩せてしまったというからたいへんだったと思う。この時期、どこの病院もコロナ対応に追われているから、タイミングが悪いと適切な医療が受けられない可能性があるし、そもそも妊娠中の女性の感染リスクも高い。よくこの間、無事に越してきたなあ。
 
 妊娠の件は、電話で知らせてくれてもよかったのだけれど、プリちゃんは直接、会って報告したかったそうだ。確かにこれは大きな、そして周りもハッピーにする『サプライズ』だ。
 昨年3月以降、ロックダウンで航空会社CAのプリちゃんが在宅勤務になり、「ひとりになる時間がありません」とぼやいていたスミットではあるが、車の乗り降りにさっと手を貸したりして甲斐甲斐しく世話を焼いている。

 ここでぎゅうっと彼女を抱きしめてあげたいくらいだが、万が一のことを考えてそれは遠慮する。フライトのときにはビシッと、制服も髪型もフルメイクも決めているし、普段からミニスカでも豪華なサリーでも素敵に着こなしている彼女だけれど、今日は落ち着いた色合いのニットドレスにタイツの上から靴下を履き、フラットシューズを履いている。ほとんどメイクもしていないが、その表情も、今日はなんだか柔和に見えるのは気のせいではないんだろうな。プリちゃん、とてもきれいだなと思った。
 あらためてしげしげとお腹を見つめて、「ねえ、赤ちゃんがいるってどういう気分なの?」と聞いてみる。うふふ、と彼女は笑って、「そうだねえ、私『ママ』になるんだって感じかな」と返す。「ときどきお腹を蹴ってくるし、もちろん心臓の鼓動も感じるの。不思議な感じ」と言いつつ、徐々に『お母さん』になる準備をしているという印象だ。
 物件の下見にゆったりとした動きでつきあってくれつつ、こまめに持参したサニタイザーで手を消毒している。だいぶん体調が落ち着いたみたいでほんとうによかった。

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 性別はこちらでは事前に教えてくれない。
 インドの場合、特に貧しい階級では女の子は働き手としての価値が低いと見なされ、堕胎されてしまうことが多いので法律で性別を教えないことになっている、とスミットが教えてくれた。確かにその話題はニュースでも読んでいる。だから食い扶持を減らすため、幼女のうちに、多くは歳の離れた男性のところに嫁がせるという風習がなくならないのだ。つい先日、Netflix で観たインド映画『ブーブル』も、19世紀のベンガル領主家に何も知らずに嫁がされた年若い女性を襲う悲劇というゴシック・ホラーだったなあと思い出す。
 インドの女性の婚姻は、法律上は今、18歳となっているが、実際にはそれ以下の年齢で人身売買同然に結婚させられるひとが多くいる。あまりに若く妊娠することの危険性もあるので、中央政府はこの年齢を21歳に引き上げようとしてはいるが、これはこれで守られるとは限らないし、貧しい家庭にしてみれば、もっと早く嫁がせたいのに21歳まで家にいられたら食い扶持が減らなくて困るということになってしまう。
 だから性別がわかることが大きな問題になる。女児だとわかったとたんに堕胎してしまう例が後を絶たない。人口ボーナス期のインドのような国で、生まれる子供の性差が10%以上ひらくというのは普通ではない、と専門家が述べている。

 スミットもプリちゃんも、「性別なんてどうでもいい。だって赤ちゃんが来るんだもん」と言う。確かにその通りだ。

 1月末の我が家の引っ越しのとき、ボランティアで手伝いに来てくれたスミットには、自家製のパウンド・ケーキを持って帰ってもらった。ヴェジタリアンのプリちゃんが困らないよう、バターは使わず、そのほかの材料はすべてメモに書いて付けておいたので食べられるだろう。そうしたらすぐに「Yummy! Yummy !」を連打するテキストが二人から来た。なんともかわいいカップルだ。

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 さらにそれからしばらく経ったある日、小さな包みが届けられた。『Twiggy』を利用した覚えはない。配達人には何度も宛名を確認したが間違いないという。開けてみると、小さな紙箱に手のひら大くらいあるブラウニーが3つ並んでいた。あら美味しそう。こないだのケーキのお返しにプリちゃんが手配したに違いない。あまりに美味しそうなので下のほうを指ですくって味見した。インドのお菓子にしては甘すぎない。いや甘いんだけれど、これは許容範囲だ。さすがプリちゃんセレクトと思い、あとでお茶の時間に食べようと冷蔵庫にしまっておいた。
 そうしたら私の知らないときに配達人が再度やってきて、あれは地下にある弁護士事務所宛だったと回収していったらしい。何も知らない家人がそのまま返してしまった。

 まあ、上から見たら私の盗み食い部分は見えないはずので、弁護士事務所にみなさんに許してもらうしかない。すまぬ。

インドで女児の出産は好まれない( Times of India, 18th Oct. 2020 )

インドの高い乳幼児死亡率( The Wire, 10th Jan. 2020 )

( Photos : In Delhi )


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