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インドのひとたちとわたくし。(152)ーアフガニスタンから来た青年


 陰性証明の必要があって今年3回目のPCR検査を受けることになった。そのためだけにわざわざ大きな病院へ行くのも面倒なので、近所のマーケット内にある小さなラボに問い合わせてみた。そうしたらラボでの検査はやっていないけれど『ホーム・コレクション』には対応しているとのこと。要は家まで来てサンプルを採ってくれるサービスだ。こっちのほうが便利そうじゃん。
 Web サイトを見てみる。毎日10時から夕方6時まで、10分間隔のタイムスロットに予約を入れる仕組みだ。料金は1回800ルピー(1ルピー=約1.4円)だから民間病院と変わらない。
 翌朝、予約した時間に、ラボのロゴ縫い取りの入ったシャツを着て、なかなかに大きなバックパックを背負った若い男性がやってきた。玄関先で携帯に個人情報を打ち込んでいき、そのあと手袋をはめて検査キットを取り出す。やることは病院とまったく一緒。長い綿棒2本で舌と鼻の奥から検体をこすり取る。「明日の夕方にはメールでレポートが届きます」と言い置いて帰って行った。所要時間は全部で20分といったところ。ふうん、これは便利だな。

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 それにしてもこのところ、アフガニスタンのニュースに接しない日はない。カブール陥落の日、おおぜいのひとが空港に押し寄せ、離陸するアメリカの軍用機に取りついて離れない光景は衝撃的だった。ちょうど少し前にNHK アーカイブで『映像の世紀』シリーズを視聴したばかりだったので、多くのひとが指摘していたように、サイゴン陥落のシーンと重なって見えてしまう。
 インド国内には約2万人程度、アフガニスタンから来たひとびとが暮らしている。現地における宗教的マイノリティ、つまり非ムスリムであれば、これまでは11年、改正市民法によれば今後は5年の滞在証明があれば、インドの市民権が得られるので、それまでは目立たぬように小さな商売などして暮らしているようだ。実はこの対象にムスリムが含まれていないことが大問題ではあるのだけれど、実際、今回のような事態ではインドを目指すアフガニスタンのムスリムのひとは少ないだろうとは思う。がしかし、すでにアフガニスタンからやってきて、デリーの空港で門前払いされたというムスリムのひとも出てきてはいる。

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  ふだんデリー住宅街のこの界隈で、見るからに外国人というひとは見かけないが、散歩するうちに一人、小柄な金髪の青年がいるのに気づいた。そのひとが近所のアパートメントの屋上で、ひとりヨガをやっているのも見かけた。なんとなく勝手に欧米から来た長期滞在者なのかなと思っていた。そのうち言葉を交わす機会があって聞いたら、彼はアフガニスタンの出身で、デリーでトレーダーとして働いているとわかった。
 非常にシャイなひとでその後は積極的に言葉を交わす機会はなかったが、そのころ、カブールで銃撃事件が起こり、彼がカブールのひとなのかどうか聞いていなかったものの、今度会ったら、家族や友人はだいじょうぶかと尋ねようと思っていた。
 が、その後、姿を見かけることはなく、経済活動の止まったデリーにいても仕事にならないだろうから国に帰ったのかなとこれまた勝手に想像していた。今頃は第三国で仕事に就いているのではないかと想像している。

 彼自身は難民になりようがない知的エリート層だとは思うけれど、家族や親せき、友人たちは母国にまだいるのではないだろうか。ニュースを見る限り、タリバンは国際社会に対して今のところ非常に「行儀よく」振る舞っている。が、自衛隊機でひとりだけ帰国した在カブール30年の日本人ジャーナリストによる生々しい報告によれば、西側諸国の関係機関で働いていたアフガニスタンのひとびとは今、タリバンがこれから何をするのか非常に怯えていて、現地はとても不穏な空気だという。
 そんな中、英国やイタリアの大使、領事は最後のひとりになっても空港に残り、脱出を希望するアフガニスタン人へのビザ発給業務に徹していた。これには心を打たれた。韓国は手際も鮮やかに500人近くのアフガニスタン人を脱出させただけでなく、彼らを『特別在住者』として手厚く歓迎していたのにも感動した。これについて韓国のひとが、「70年たってようやく他の国を助けられるようになった」とコメントしていたのを目にして、思わず目頭が熱くなった。人道ということをこんな風に私たちは理解しているかどうか。
 知らなかったが、日本の大学が2012年、タリバンとカルザイ政権の初の会談を京都でセッティングしている。母校でもある同志社大学だ。こういうことを今回もできないのだろうかと、日本政府の残念なニュースを聞くたびに思う。

 インド国がタリバンとどのように接していくのかまだわからないが、政権が霧散してしまった今、どこかで彼らを正式なアフガニスタン政権として扱って行かなくてはならない。いちども行ったことのない土地ではあるのに、ニュースを見るたび、あのアフガニスタン出身の青年の顔が思い浮かんで仕方がない。

インドに住むアフガニスタンのひとびと( The IndianExpress, 17th Aug. 2021 )

インドはアフガニスタンからのひとびとを助ける( India Today, 29th Aug. 2021 )

アフガニスタン女性の運命( The Guardian, 31st Aug.2021 )

アフガニスタンのムスリム国会議員がインド入国を拒否される( India Today, 27th Aug. 2021 )

( Photos : In Delhi )



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