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インドのひとたちとわたくし(148)ー疑惑のマンゴーは美味だった

 めちゃくちゃ久しぶりにソニアから電話があった。もう1年以上は連絡をとっていなかったと思う。まずWhatsAppに「元気なのか」「日本には帰らないのか」「電話していいか」と矢継ぎ早にテキストが入ってきた。電話は「いつでもどうぞ」と返したら、朝の9時前だというのに速攻でかかってきたのだった。

 ソニアとは3年前にとあるパーティで、人を介して知り合った。20代の娘がいる50歳の母親にはまず見えない。金髪に近い栗色に染めたウェービーなロングヘアをなびかせ、ヒョウ柄のミニのワンピースなど着ちゃうような女性だ。リッチで交友関係が幅広く、ビジュアル的にも絵になる彼女のようなひとは『ソーシャライザー』と呼ばれる。あちこちのパーティやレセプションに顔を出しては新聞のローカルな社交欄にもよく写真で登場するひとたちだ。有名なソーシャライザーがいると周りにひとが集まるので、イベントの主催者は必ず彼ら彼女らのようなひとを招待しておく。中には主催者からお金を取って友人知人に動員をかけることを「ビジネス」にしているひともある。
 そのときは他にも大勢のひとに挨拶したのだが、なぜかソニアだけ、こちらのことをひどく気にかけてくれ、その後もお茶に誘ったり、シークの有名なお寺を案内してくれたりした。そのころ彼女は、ジョシーという発明家みたいな男性と一緒にベンチャーを経営もしていたので、ビジネスがらみの話を一緒にすることもあった。

 ところがしばらくして、双方共通の知り合いが私たちの会社で横領を働いていたことが発覚した。これは未だに刑事と民事の裁判で係争中だ。この人物は口だけは達者な弁護士で、ひとの懐に入るのが恐ろしく上手く、今ならばこれほど胡散臭いキャラクターもあったものではないと思うが、当時はまだ知り合いも少なくて、インド慣れもしていなかった我々は、言うなれば完全に手玉に取られたのであった。
 コトが表ざたになったあと、この悪徳弁護士は周囲に、「自分は被害者だ。日本人に騙された」と吹聴して回った。被害額を確定して証拠を固め、警察と裁判所に届けを出しているのはこちらなのだから、何をか言わんやなのであるが、それでもそれを機にふっつり連絡が途絶えたひとが何人もいて、だからもしかするとソニアにもこちらの悪口が聞こえているのではないかと、疑わざるを得なかった。

 インドのひとたちの『つながり』は、恐ろしく広くて深い。幼なじみから始まって、大家族も多いせいか叔父とか叔母とかの親戚関係までたどれば、どこかで誰かと必ずつながる。まさしく、『6人たどればケヴィン・ベーコン』の社会だ。
 たぶんだけれど、デリーの社交界はそんなに規模が大きくない。ひとがしょっちゅう入れ替わる「駐在」とか、「転勤族」がいないので、だいたい同じような顔ぶれになるんじゃないだろうか。名刺交換などない代わりにWhatsAppのアドレスを交換し、みんな写真を取り合うのがとても好きなので、携帯からそれを引っ張り出すと「ほら、やっぱり知り合いだ」というようなことも多い。中には、まあ由緒ある家柄の場合だけれど、「家どうしが仲良くないから、彼の前で〇〇家の人間の話はしないように」などと忠告を受けたこともある。誰が誰と知り合いで、互いにどう思っているのかなど、こちらにはまるでわからない。せいぜいが迂闊にひとの噂話に口を挟まないようにするだけだ。

 そういうことがあったので、ソニアともちょっと距離を置くようにしていた。たまにテキストが来ることがあって、それがまた、件の弁護士を訴える訴状を裁判所に提出したとか、なにがしかのアクションをこちらが取ったタイミングで飛んでくるから、ますます、裏で彼らはつながっていてこちらの様子を探ろうとしているんではないかと、疑心暗鬼になってしまう。面と向かって聞くわけにもいかないし。

 こちらの気持ちを知ってか知らずか、今朝の電話のソニアは相変わらずのハスキーでなかなかドスの効いた声で、「元気だったあ?どうしてるか心配してた」と切り出した。しばらくお互いの近況を話す。どうやら彼女はジョシーとのビジネス関係を解消したらしい。ロックダウン中ということもあって、今はずっと家にいる。ソーシャライザーとしては物足りない生活だろうな。
 コロナ・ワクチンの話になった。彼女と家族はインド産の『コヴァキシン』を接種したそうだ。私が、「先月『コヴィシールド』の1回目を受けたので、そろそろ2回目接種のために病院へ行こうと思っている」と話すと、「ダメダメ、病院はいろんな患者さんがいて感染リスクがあるから、学校でやっているワクチン・センターへ行ったほうがいい。いつ行くか言ってくれれば、すぐどこのセンターに空きがあるか調べてアレンジしてあげるから」と言われた。ほんとうに面倒見がよくて優しいのだが、やっぱり人間だから裏表がないとは言い切れない。横領事件に巻き込まれてからこちらも相当に疑り深くなっている。

 当たり障りのない世間話をして電話は終わった。「フルーツを送りたいから住所を書いて送って」と最後に言われた。これも、こちらの住まいを特定したい件の人物の差し金ではないかと一瞬、思ったりもしたが、断るのも不自然なのでテキストで住所を送っておいた。

 そうしたら翌日、大きな箱が届き、開けてみたらマンゴーの王様『アルフォンソ』が1ダース、どんっと鎮座していてびっくりした。インドには数百もの種類のマンゴーがあり、ローカルな品種だと今の季節、1キロ100から200ルピー(1ルピー=約1.4円)というところだが、カルナタカ州名産のアルフォンソの価格はその3倍はする。この箱で1,000ルピーはくだらないだろう。ギフトの季節でもないのにこんなことしてもらう理由はなにもないのだが、単に様子を探るように言われて電話しただけなら逆にここまでする必要もない。と、あれこれ頭の中で想像を巡らすが結論は出ない。
 わかり切っていることは、せっかくもらった食べごろのマンゴーを送り返す理由もないということだ。丁寧に礼を述べたうえで厚かましくいただくことにした。
 触ってみると12個全部が香りよく熟している。いっぺんにこんなには食べきれないので、うち大きな5個はカットして冷凍した。
週末に、スミットとその弟が荷物を届けにやってきたので彼らにも持って帰ってもらった。スミットは、一時帰国する日本人のご一家から大きな段ボールにいっぱいの日本の食材を分けてもらい、我が家にどうかと持ってきてくれたのだ。

 アルフォンソは、割ってみると果肉がオレンジ色に近く、つやつやと滑らかで弾力がある。ぎっちり旨みと果汁が詰まっているような手ごたえだ。豊潤で濃厚な果実を味わいながら、はてソニアはいったいどこまで知っているんだろうと考えるが、やっぱりよくわからないのだった。

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 デリーの新規感染者と死亡者数は下降線に入っていて、今週から建設業と製造業のみが再開となった。このあと1週間単位で推移を見て徐々に条件緩和をし、順調にいけば、6月21日の週にすべての商店やビジネスが再開される予定だ。ワクチン接種2回目も、のんびり構えていたが、インドで発見されたデルタ変異体には2回の接種が有効という記事を見たので、まじめに空きを探さなくてはならない。
 ソニアには「『ロックダウン』が終わったら、ぜひうちに来てお食事しましょう」と誘われたので、「うん、『パンデミック』が終わったらね」と返しておいた。あのひとらの生活習慣で言うと、ディナーの開始が夜の11時、そのあとお酒も飲まずに朝5時までしゃべり倒すことになるので、さすがに付き合う自信はない。

デルタ変異体への各ワクチンの有効性( The Wire, 5th Jun. 2021 )

デリー市民の74%がロックダウン解除を支持( Times of India, 4th Jun. 2021 )

( Photos :  in Delhi, 2021 )

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