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人を傷つけるのも言葉だけど、人を支えるのも言葉なのです。

過去に、「教育の第一段階は洗脳である」と書いたことがあるが、本当の洗脳行為というのはもっととんでもなく恐ろしいものだ。

例えば、悪質な宗教が良くやる洗脳パターンが、①対象者を否定する言葉を使い、場合によっては暴力等も組み合わせながら自己否定を加速させ、本人の意識に刷り込む、②そんなどうしようもないあなたを受け入れてくれる場所はここにしかない、という状態を作る手法だ。

そういう意味では、過去に書いた「自己否定」についても、これはある種自分で自分のことをネガティブに洗脳している可能性があると思った。

洗脳する側は、対象者が自信を持てていない部分をその本人から聞き出し、本人が述べた自己否定の言葉を拾い上げて、それにさらに上乗せして否定し返すことで、本人の自己否定をより強力にする、という手法を取る。

自己否定では、それを無意識的に自分自身に対してやってしまっているところに一番大きな問題がある。誰もそんなことは思っていないにも関わらず、謎の悪魔的自分を勝手に想定して、そいつが常に自分を否定している状況を生みだしてしまっているのである。

また、ある悪質な洗脳から身を守るためには、自分の居場所と思えるコミュニティが複数あるかどうかも重要だ。

何も意識せずに生きていると、家庭・学校・職場にこだわりがちだが、本当はそうではない。外に出ることもできるのだ。本来は居場所が複数あって、ここが一番いいよね、もしくは、いくつもあるよね、でいいのだ。

ここで重要なポイントは、こうした洗脳をするにしても、居場所を作るにしても、「言葉を使っている」というところだ。

人間を否定する言葉は、巷にあふれかえっている。
私はそういう言葉たちが使われる殺伐とした空間が好きではない。

一方で、ポジティブな言葉も世の中にはたくさんある。
人を傷つけ、貶めるのも言葉だが、人を支え、救うのも言葉なのだ。

だからこそ私は、これからも言葉を丁寧に大事に使っていきたい。

こうして書いている毎日のブログも、誰のことも傷つけたくはない(自分自身も含めて)。自分にとっても、読んだ誰かにとっても、少しでも前向きになれるような言葉で、ポジティブになれるような何かを生み出すことができたらこの上ない。

前向きな言葉、人を認める言葉、人を救う言葉を積極的に使っていきましょう。

ちょっと応援したいな、と思ってくださったそこのあなた。その気持ちを私に届けてくれませんか。応援メッセージを、コメントかサポートにぜひよろしくお願いします。 これからも、より精神的に豊かで幸福感のある社会の一助になれるように挑戦していきます。