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ペンギンの徘徊

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2019年9月の記事一覧

二〇一八〇一自(28)

自分がどうすれば得をするか、何が役に立つのか、他人はどう思っているのかについて頭を働かせつづけることを強要してくるこの嘘が大前提とされている世間の中で生きつづけることは素敵なことだろうか。大事なことだろうか。偉いことだろうか。その世界から別の世界へ行く人々を、この世界の人々が必死に引き止めることは、勝手に上から目線になっている単なる自己満足なのではないのか。もし、本心からこの世界から離れたいと訴えている人がいても彼らはその心からの声を聞こうとしないだろう。その後のことは根拠の

二〇一八〇一自(27)

愚。なにをしようとしても、自分の利益や他人の頭の中を考え、相手より自分の方が正しいんだと信じ込み見栄を張り合いつづける人間関係のもとで日々を過ごす。本質的な自分として生きることがこんなにもできない世界に生きることは愚である。いや、本質的な自分として生きることができたとしても愚であることに変わりはない。つまり、どんな生き方をしても愚なのだ。愚な部分が出てくるのだ。これは社会で生きている場合には必然のことなのだ。それらは素晴らしくもないし、尊敬にも値しないし、褒めなくてもいいし、

二〇一八〇一自(26)

今日はため息がよくでる。過去、将来、人間、いろいろなことが頭に浮かんで、いやよく見てみるとはっきりとは浮かんでいないけれど、ため息がでる。なぜため息がでるのか、なぜため息をつくと一瞬楽になるのか。ため息をつくと幸せが逃げる、そんなことを中学の頃友人が言っていた。僕はなぜか今でもそれを言ってきた友人を覚えている。彼は今何をしているのだろうか。何かしらはしているのだろうけど、それは想像することしかできない。人間は想像ばかりする生き物だ。現実と触れ合うより想像していることの方が多い

二〇一八〇一自(25)

今日、日本の過去最高気温が更新された。テレビから流れている情報は暑さ対策に関するものばかりであった。一日中家のなかにいた僕は外の実際の不快さはわからなかった。部屋の窓から侵入してくる風は、巨大な太陽によって限界以上に熱せられたコンクリートを想像させた。けれど、夕方になると不思議なことに、僕にとっては涼しげで清々しい世界に変化するのであった。夏の陽が沈む時間帯、それは僕が一番好きな世界かもしれない。風は夏のにおいをまとって吹いてくる。陽は美しいオレンジ色で家の中すべてを照らす。

二〇一八〇一自(24)

午前九時。京都の交差点は騒がしかった。猛暑の予感をのせた日差しは時に姿を隠し、時に地上を照らしつける。車と人々は互いを傷つけないよう傷つけられないようすれ違いつづける。ぶつかり合うはずの熱気と冷たさが一つのビンのなかで共生している。ひび割れたビンは捨てられる。僕は避難先である日陰を求め、太陽と対等に戦おうとするガラス張りのビルを見つけた。ビルの影に守られている段差に腰をおろし、人を待つ。その人は心のこもっていない笑顔と言葉を使う。僕はそれを想像するだけでも胸の奥が不快感に包ま

二〇一八〇一自(23)

七月。雲の向こうの夏日に照らされ熱気をまとった風が庭の木々の隙間を通り窓際にやってくる。蚊取り線香の煙はその夏の揺らぎを待っていたかのように空中へと舞い上がっていく。小さく赤みがかったところから次々に生まれる煙は、窓の方へ向かったり僕の方へと向かってきたりする。ただその風景を眺めているだけなのに、時間は進み、蚊取り線香も姿を消してゆく。いつからか庭と家の中の境界線の前に居座っていた扇風機の羽が、自然が流す分厚い風に吹かれ勝手に回っている。 今朝、目覚めると、濁った朝の光を受け

二〇一八〇一自(22)

教育は洗脳だと言う人がいる。けれどそんなことを言ってしまったらそんなことを言うのも洗脳となってしまう。だから、もう誰かと関わる時点で、誰かの思想に触れた時点で、誰かがつくりだしたものを使っている時点で、僕たちはもう僕たちではなくなっていることになる。でもそれを、僕たちだと言うこともできるし、それを、変化だとか成長だとか教育だとか洗脳だとか賢くなったとか頭がおかしくなったとかというふうに言うことができる。 今までの価値観が古いと言って新しい言葉や思想を崇め受け入れるのが、これか

二〇一八〇一自(21)

できるだけあるがままの自分の姿を見せたい。嘘をつかなければやっていけない仲なのであれば、それは本質的に合わない同士。相手も自分もおもしろくない。無理してその人に合わす必要はない。僕はそんなことをよく言っている。だから僕は人より遠慮とか気遣いとかが少ない。ザッツライトである。 僕には歳が四つ上の長男がいる。(僕は彼の誇張したような喋り方や笑い方が嫌いだ。けれど時折みせる彼固有の人格から出る優しさみたいなものは僕のなかには存在しないような気がして嫌いとは一括りにできない。)彼は、

二〇一八〇一自(20)

朝目覚めると、いつもとは違う天井が視界をうめていた。その下には懐かしくて異様な空気が漂い、カーテン越しの太陽は部屋に明かりを灯す。僕はなにかを考えようとして数分ぼーっとしていた。けれどその間、思考に値するようなことをなにも生まれていなかった。 右の手のひらを左胸の上に。自分の心臓をナイフで突き刺そうとする瞬間。そのとき一体なにを思うだろうか。頭の中にははっきりとしない海みたいなものが漂っているだけで、答えなんてものは見つかりそうにない。 けれど、答えがないという答えの次に出て

二〇一八〇一自(19)

二月も終わりかけのある日。僕は友人たちと居酒屋で楽しんでいた、はずだった。けれど、記憶があるのは目がしっかり開かず、吐き気が連続してやってくる瞬間からだった。 意識が朦朧とするなか、どこからか母親の声が聞こえ、車椅子に乗りタクシーに乗せられた。僕は、何回もごめんなさい、ごめんなさいと言っていた。そう伝えている自分になりたかっただけかもしれない。そうして一刻も早く楽になりたかった。 機械が揺れる音、エンジンの音が車内の空気を揺らす。車の窓から景色を見ると、街灯の光がある、外は暗