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特急あずさに飛び乗って



5月は、まるで濁流に飲み込まれていくような日々だった。

常に20以上のタスクが頭の中に整理されないままあちこちに散らばっており、それを拾っては処理し、ワー! ヤッター! 全部拾えたー! と思ったら、また上からドサーッと課題が落ちてくるような31日間。

時に埋もれ、ばたばたともがき、たまにブチ切れ、わたしの新緑の季節は終わった。
レジャーなんて冗談じゃなかった。黄金の一週間ってなんや? 幻か?

わたしのキャパシティが小さいせいももちろんあるけれど、何せ諸々初めての仕事だったのだ。
通常業務に加えて、映像ディレクションの仕事である。

小さな番組を制作するようなものだったので、
世界観を反映したロゴの制作から始まり、脚本を用意し、衣装を探し、小道具を作り、その間に特設のWEBページの準備をし、予算があまり多くないせいか、ありとあらゆることを社内でやった。
むちゃくちゃな進行の中、いろんな人が手を差し伸べてくれて本当にありがたかった。

(しかし、動画にテロップつける仕事って楽しいね。 
テンションにまかせて、一番気持ちいいところで
一瞬で消える前後なんのつながりもない言葉を考えるのが)

✳︎


5月の最後の土曜日、朝目が覚めて、何だかいてもたってもいられなくなり、特急あずさに飛び乗った。

あずさの冷房の効いたイスでウトウトしていたら、諏訪にいた。
どうやらスワは長野県らしい。
駅を降りて少し歩くと大きな湖があり、そのぐるりを老若男女が行ったり来たりしている。

太極拳をしている謎の男子のそばの芝生にゴロンと横になって時間をつぶしていると、
とりあえず明日に何も詰まってない感覚がひさしぶりすぎて、なかなか脳が休まらない。

あの件はあれで正解だったのか、あの人に先にあの話をするべきか。
あの言葉の真意は実はこうだったんじゃないか、などなど。

すべて今考えてもどうしようもないことだとハッとして、湖にぷかぷか浮かぶバカでかいスワンボートを見る。
デカすぎて怖い。
ま、まさか、諏訪だからスワンなのか。
え、違うの? 何なの?


ひとしきり寝転がったあとに、飽きて日帰り入浴に行く。
テルマエロマエの舞台にもなったローマ風呂がそばにあるらしいのだ。
重厚な建物の中に備わった古びたローマ風呂には、人っ子一人いなかった。

ステンドグラスから漏れる光を浴びながら湯船をすいすい泳ぐ。底に砂利が敷いてあり、それを踏むと不健康だからかめちゃくちゃ痛い。すいすい泳いでいると、だんだん人間に戻っていく感じがする。
途中で見知らぬおばあちゃんが入ってくる。
さすがに泳ぐのをやめて端っこにちんまり座っていると、ステンドグラスの光に包まれて風呂のヘリに座る裸のおばあちゃんがやけに神々しく、にんげんってきれいだなーと思ってしまった。
しばし見惚れる。

✳︎

とうとう、帰りたくなくて一泊してしまった。
スワに。

「アタシ、今日は家に帰らないからっっ」と連絡する人が誰もいない状況って、実はものすごく贅沢なことかもしれない、と負け惜しみでなく、真剣に思う。
いつだって、どこまでだってひとりで行けるのだもの。わたしはこの心細さが好きだ。
自分の持っているものだけで、どこに辿り着けるかわからない心細さである。

当日探して予約した宿(難なく見つかった)は、一人で使うにはものすごく広く、和室のはじからはじまで転がってしばらく天井を眺めた。
寝そべりながら缶ビールを飲んで、顔面にかかって危うく溺れかける。危ない。

夜、広い部屋にポツンと敷かれた、パリッパリの布団にくるまり、世界ふしぎ発見を見ていると、すごく安心した。
きっと大丈夫だ。
今月の残業代をほぼ注ぎ込んだけど、今とても生きている。
構築して、壊して、何の意味があるかもわからないことに一喜一憂することこそが。

みんなにすすめたい。諏訪、いいところ。
立川から特急あずさで約1時間半。
ひとりでひっそりできる。
この土日のせいで、また今週末ヒーヒー言ってるけど、また積み重ねてぶち壊したいと思う。

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