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【紫陽花と太陽・下】第十話 指輪[2/3]

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 デートに誘った。普段平日休みが多い僕だけど、それだと平日学生業のあずささんとは休みが全然かぶらない。かろうじて日曜が定休日でお休みなので、一週間くらい前から相談してデートの約束を取り付けた。

 今日の目標は指輪だ。婚約指輪を買うために、まずはあずささんの指のサイズを知らないといけない。

 テレビで見たシーンは女性がすごく驚いていたみたいなので、どうやら指輪をもらうことは知らなかったようだった。

 スマホで調べたデパートまでの道のりを念のためメモ紙に書き写し(結局アナログだ)、迷わないよう細心の注意を払って目的地まで向かう。

「デート、久しぶりだな」
「受験勉強で忙しいのに、ごめんね」
「どうして謝るのだ? そんないつもいつも勉強ばかりでは、気が滅入る。誘ってくれて嬉しい。ありがとう」

 家での普段着とは違った、お出かけ用の服が似合ってかわいいあずささんが微笑んだ。まったくもってあずささんが笑うことに未だに慣れない。出会ってから四年、お付き合いしてから一年近く経つにも関わらず、毎度僕はドキドキする。なんという体たらくだ。

 幸せを噛み締めながら、だんだんと人が多くなる魔境の地へと歩いて行った。


 アクセサリーショップに到着した。きらびやかな内装に一瞬怯んだ。

「あずささん、ここはデパートというらしい」
「? そうだな、知っているぞ」
「知ってるの⁉︎」
 僕は驚愕した。つい声が裏返ってしまった。
「あぁ、百合ゆりさんと買い物に来る時、何度か足を運んだことがある」
「お、お嬢様……」

 僕の呟きにあずささんが軽く睨む。かわいい……とか、思っている場合じゃない。勇気を出して足を踏み入れた。いらっしゃいませー、と喫茶店とは違う涼し気な雰囲気の声がかかった。縁田えんださんのいらっしゃい、は魚屋さん風だ。

 光り輝く棚に、いろんな指輪が煌めいて並べられている。
「こ、こんなに種類があるんだね……」
「すごいな」
 あずささんも驚いていた。立ち止まり、じっと眺め、また隣の品を見て、次へ。僕も見てはいるけれど、正直、好みがあまりない。あずささんのとおそろいで……と思ったけれど、そういえば婚約指輪は女性だけが付けるものだったと思い、見るのをやめた。

「どのような指輪をお探しでしょうか?」
 店員さんに控えめに声を掛けられた。
「ええと……」
 指輪を買うにはサイズを測らないといけない。でも、測る前にどんな指輪を買いに来たのかを伝えなくてはならないのか。

 僕は混乱した。思わず腕を組んで、小首を傾げた。
「婚、約……」
 ここで言えばあずささんに、僕が婚約指輪を贈ろうと思っていることが知られてしまう。

「順番が、違う……?」

 ものすごいスピードで、僕はあずささんの手を取って脱兎のごとく店から逃げ出した。どうした、とか、だいじょうぶか、とかあずささんが言っているけれど、とにかく走った。

「一体どうしたというのだ? 何かまずいことがあったのか? 財布でも忘れたのか?」
「……ハァハァ、いや、財布はあるよ……」

 手近な階段近くのトイレ前にやってきた。スニーカー靴の僕とは違って、パンプスを履いているあずささんに走らせてしまったことを後悔した。

「走らせちゃってごめん。……足、大丈夫?」
 あずささんがキョトンとして足を見た。白いパンプスを床にコンコンと打ち付けて、何も問題はない、と言ってくれた。

 これは困った、と思った。テレビのあのワンシーンにどうしてもこだわるつもりもないのだけれど、観た時に素敵だな、と思ったのでやってみようと思った。でも実際問題こっそりと指のサイズを知っておかなくてはならない。そんなことができるのだろうか。そして、もうあずささんとお店に入ってしまった。きっと困惑しているに違いない。

 ちらりとあずささんを見ると、くすくす笑っていた。
 在りし日のふーちゃんの姿と重なった。何でも許してくれそうな、優しい笑顔だと思った。

「何か、また悩んでいるな」
「……うん」
「それは私には手伝えないことなのか?」
「どうだろう。ちょっと予想と違って、困っちゃった」
「さっきのお店か」
「うん」
「誰かに、指輪を贈ろうと思ったのか? あ、椿ちゃんにか?」

 誰かって誰だ! 僕は飛び上がって驚いて、あずささんの両肩をガシッと掴んでしまった。

「あずささんに、指輪を贈ろうと思っていたんだよ……‼︎」

 あずささんが目を瞠った。言ってしまった。僕は隠し事をするのが……本当に苦手だ。


 とりあえず、同じフロアにカフェがあったので落ち着いて話をしようということになった。デパートのカフェは高級感がすごくある。縁田さんの『喫茶 紫陽花』でいつも紫陽花の色合いと落ち着いた暗めの内装に慣れているせいか、ここの白くて明るい雰囲気はソワソワしてしまう。

「誕生日のプレゼントを贈りたいのは私なのに、遼介りょうすけが私に贈ってどうするのだ」

 そうだった。以前あずささんから僕の誕生日プレゼントの希望を聞かれ、保留中にしていたことを思い出した。目の前のあずささんは困った顔をしていた。

「私ばかり遼介からたくさん嬉しいものをもらってしまって、一体どうすればいいのだ……。私も遼介が喜ぶものをあげたいのに」
「その気持ちが、すごくすごく嬉しいんだよ」
「……さっきの指輪の話だが、遼介自身のほしいものはまだ見つからないけれど、指輪は贈ってみたいと思ったのか?」
 僕は大きく頷いた。
「うん。誰か、じゃなくて、あずささんだよ。僕が贈りたい人はあずささんだけだ」
「それなら、私が受け取ることは遼介の希望でもあるのだな。だとしたら、喜んで受け取ろう。……まぁ、私はもらってばかりになってしまうが……」

 何だか違う話になっている気がする。
 静かに、横から店員さんが注文した品を持ってきてくれた。温かい珈琲を二つ。僕もあずささんもブラックを好むので、ミルクや砂糖は使わない。
 華奢な珈琲カップからほわりといい香りがした。

 このままだとあずささんは指輪を受け取ってはくれるけど、それは僕の誕生日プレゼントの希望を叶えるためであって、結婚する話は微塵も現れなくなってしまう。

(……ええぃ! もう婚約指輪はすっとばして、結婚指輪を買ってしまいたい!)
 僕は目の前の珈琲には手を付けず、正直にあずささんに言葉を紡ぐことにした。



(つづく)


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