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クマを「さん」付けするな

「クマ」を動物園やテレビで見たとき、
皆さんの中に「クマさん」と愛称を付けて呼んでいる人はいないだろうか。

そういう人たちに言いたい。

バカかと。


いやちょっと言い方が悪かった。
本当に申し訳ない。
言い直させて欲しい。

アホかと。


まあこれは冗談としても、それくらい僕は「クマ」に愛称を込めることに違和感を覚えている。

先日こんなことがあった。

その日僕は自宅で何の気無しに、ソファに寝転んでバラエティ番組を見ていた。

ツアー企画でタレント4人が国内を車で旅していく内容だった。

ある田舎の山道を車で進んでいると、2匹のクマが道のど真ん中に寝そべっている場面に遭遇した。

それを見た瞬間、リモコンを持つ僕の手に汗が滲んでくる。

とほぼ同じタイミングでTVに映っている女性タレントが車内で声を上げる。

「えーやば!クマさんかわいい!」

僕はそれを聞くや否や、思わず立ち上がり叫んだ。

ふざけんな!!!

実際にはさすがに声には出してないけど、心の中では叫んでた。そして休日のリラックスムードはあっという間にふっとんでいた。

僕は緊張と怒りで打ち震えていた。

なぜ僕は「クマ」にここまで過剰反応するようになってしまったのか。。

それは自分でもよくわかっていた。。。

ここからのエピソードではグロテスクな表現が一部含まれます。
そういうのが苦手な方は不快だと思うので読まないでください。

○クマ外傷

ある朝、僕は東北の病院の救急外来にいた。

当時、短い間ではあるが研修という形でそこで働かせてもらっていた。

その日、出勤時間より少し早めに病院に到着し、ロッカーでスクラブに着替えていると、ベテラン救急医が扉を開けてすっと現れ、

「これからクマ外傷が来るよ!」

と慌ただしそうに言い残してまたいなくなった。

「クマ外傷?」

聞き慣れないその言葉に少し動揺したが、おおよそ検討はつく。

クマがよく出没する地域ではクマによる外傷は日常茶飯事であり、
「クマ外傷」という名前が付けられていたのである。
(都会では全く聞き馴染みがない医療用語だ。)

「70代の男性で、山菜採りの最中に山道で遭遇したみたい。
噛まれてはなくて、一回引っかかれたらしい」

僕が着替え終わって救急外来に足を運ぶと、先程の救急医が僕に追加情報を伝えてくれた。

「クマって本来臆病だから引っ掻いた後に逃げたみたいだね。この人は運が良かった。」

最初は、聞き慣れない外傷に焦った僕もそれを聞いて少し安堵する。

噛み付かれてないのなら、恐らく緊急性は下がる。

爪で引っ掻かれたということは切り傷だろう。
てことは傷は縫う必要があるのか?
でもその前にまずは洗浄・消毒しなきゃな。。

本来僕は内科系のため、慣れない外科処置の手順について必死に考えていた。

ほどなくして、救急車のサイレンが近づいてくる。

「お、来たね」

救急医が慣れた調子で言う。
サイレンがすぐそばまで近づき、音がブツっと消える。

救急車が到着した。

やがて救急隊に担架で運ばれ、その患者が救急外来に入ってきた。

10mくらい遠くから見ても顔を引っ掻かれているのがわかった。
顔が真っ赤で血まみれだったからだ。

担架が5mくらいに近づいたとき、
僕はこれまでの人生で最大の二度見をした。

それが血ではないことに気づいたからだ。

赤さの正体は血ではなく「筋肉」だった。

小学校の頃、理科室に置いてあった人体模型を思い出して欲しい。

ちょうどあんな感じになっていた。

その患者はクマのたった「ひとかき」により、
顔の8割ほどの皮が剥がされ、皮膚の下にある顔面の筋肉が露出していた。

その男性からうめき声が聞こえてくる。
僕も思わず声が漏れ出そうになった。

剥がされた皮膚は顔面の右側にそのままの形でくっついていた。

縫うとか縫わないとか、そういうレベルの話ではなかった。

これがクマ外傷。。。

思わず立ちすくんだ。

一方、先程の救急医はその傷を見て驚くこともせず、
「んー、これはひどいねー。
大丈夫だよ、もう病院着いたからね。」

とか言いながら診察を始めていた。

クマの攻撃が一回のみであったのは、皮膚の剥がれ方が綺麗に爪の形になっていたことから明らかだった。

どんなに鋭い爪を、
どんなに怪力の人間が持っていても、
たった一回で人の顔をこんな状態にすることはできないだろう。

一体どれほどの外力が加わったらこんなことになるのか。。。

人間は素手で戦ったら大抵の動物に負ける、
というのはよく聞く話で頭では理解していたつもりだった。

でも実際にここまでの差があるとは想像していなかった。

その経験をして以来、僕はクマに対してトラウマを覚えた。

ちなみに患者さんはというと、
形成外科の神業的な手術により傷痕は残ったものの皮膚をくっつけることに成功した。

幸い、クマの爪は両目をちょうど避けるように通っていたので視力も問題は残らなかった。

力はなくとも、人間の技術はやはり凄い。


そんなわけで、
あの日以来、僕はクマを人類の天敵と見なしている。

その日を境にクマを「さん」付けするなどという愚行はしなくなった。

もはやそんな親しみは持てない。

クマのプーさんでさえ、もう「プー」で良いだろう。

皆さんも今回の話をきっかけに是非「クマ」の認識について小一時間ほど考えてもらえたらと思う。

最後まで読んでくれてありがとう。


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