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登校日だった8月6日、広島で。

今日、8月6日は日本で生まれ育った方なら、何があった日かは誰でもわかると思います。

だけど小学校6年生までは、私の中で、夏休みの登校日でした。登校日に体育館で、全校集会があって、皆で黙祷します。黙祷の意味も低学年の頃はわかりませんでした。

目を瞑って、下を向き、誰かがこそこそ話をしているのを聞いているだけという感じでした。それが、6年生になってから急にリアルになるのです。

そうです。私は岡山県生まれなので(?)当然ながら小学校の修学旅行は広島と宮島でした。私の世代は!という表現が正しいですね。6つ下の弟から関西圏になりました!

そして、私が6年生の時の担任の先生が、平和学習に力を入れている先生だったので、とてもリアルな映像や映画、ドラマを立て続けに使用しながら授業で教えていました。

正直なところ、当時の私は恐怖しか記憶にありません。想像の何倍ものリアルな映像を見て、暫く夜中のトイレに母や弟を起こしていました。実はそれが原因ではないんですけど、戦争系の映画や終戦〇〇年記念スペシャルドラマ!みたいなのが苦手になったのです。

因みに終戦って何で記念って言うのかいつも疑問でした。記念日って私の中ではハッピーな日ばかりなので、終戦記念日って言葉に違和感を感じていたのです。だから8月の戦争ドラマは一切見ないようにしていたように思います。


広島への修学旅行


でも、修学旅行は違いました。物語じゃなくて、その場に行くこと。体感すること。体験談を直にお聴きすること。語り手の方の目を見ながら聴いたお話は、どんな資料やドラマよりもリアルでした。私はいつも周りを気にして感情を出さないようにしていたのですが、止めようがない程の涙が溢れていたのです。気付けば、いつも冷めているようなグループの子達も、泣いていました。

気持ちがわかります!なんて言えない。でも、伝わってくる悔しさや残酷さ、悲惨さ、人が人でなくなる瞬間…だけど想像には限界がありました。それでも最後は、私たちに繋げて下さった想いや、託された未来を明るく語って下さったのです。

私の中で、平和って何だろう?それがテーマになっていきました。違う記事で沖縄県へ修学旅行に行ったことも書きましたが、私の人生では昭和が一番勉強したい時代になったのです。


教わらない昭和史


でも、小学校で歴史を習った時も、中学校で習った時も、サラッとしか昭和史は勉強しません。高校生になって、普通科だった私は2年生の時に選択授業で世界史か日本史か選べたので、迷わず日本史を選びました。

そこで、期待をしていた昭和史は何かを避けるようにまたサラッと終わったのです。ちょっと変だなって思ったのを覚えています。更に、教科書は日本が一番悪いという感じの構成になっていて、昔の日本人は野蛮だったという印象です。

でも、どうしても受け入れられない自分が居ました。本当に?と…。私の大好きな母方の祖父は、満州に行っていました。終戦後、足を怪我して帰ってきたので、良い仕事には就けなかったそうです。それでも直向きに生き抜いた祖父。

私は誰よりも大好きだったおじいちゃんが、そんな人だと思えないのです。教科書はあの頃の日本人がまるで戦争をしたがっていたかのように表記してあり、周辺諸国を植民地にしていったと書いてありました。

他の時代の授業は楽しかったのですが、昭和史は疑問だらけでした。どうして戦争をしないといけなかったのか?なぜ、核を二度も、同じ人間の上に落とさないといけなかったのか?

私の中で、疑問は消えませんでした。


本当の歴史


そんな感じで高校を卒業した後は、暫く歴史や戦争について全く考えない人生を歩んでいました。そして、2011年。あの大災害のあと、私の中にあった違和感がどんどん大きくなりました。自分が生まれた国について…知りたい事が増えていったのです。

色んな情報が飛び交う中、知らなかった歴史があることを知ります。そこで、自分で調べていくうちに都市伝説に辿り着き、更に陰謀説まで行って、一旦リセットしました。自分が情報に踊らされていることに気が付いたのです。

歴史から都市伝説に行くと、陰謀説を必ず通ります。気が付かないと、そのままヤバい方に行ってしまいます。そうじゃなくて、本質を知る。そこでまた昭和史を、色んなフィルターのかかっていない情報を求めて、自分で勉強するのです。

そんな感じで一度離れ、知ろうとしなかった日本の昭和史、戦争について、自分なりに向き合いました。小学校や中学校の修学旅行が全て平和学習だったのは、今となっては良かったのかもしれません。偏った表の歴史ではなく、疑問を持ったことで気が付けた先人たちの想いや本当の歴史を、知ることができました。


登校日じゃなくなった8月6日


そして、17歳離れた妹は、小学校の頃から8月6日の登校日はありません。だから、自宅でNHKを付けて、黙祷をします。夏休みで、どんなに遅くまで寝ていても、8月は、6日、9日、15日は黙祷をします。妹は幸いにも、きちんと小学校で昭和史を習っていました。多少の違いはあっても(仕方ない部分はあります)私より若い世代の先生がしっかりと教えて下さったのです。

今年は妹も高校生で、しかも異例の事態で、夏休みが短いのですが…偶々、三者懇談の週間なので、お休みだった為、一緒に黙祷をしました。

学校で教わらなくても、家庭や周りの大人たちが伝えていくことはできますよね。私にとって、8月はずっと見たくないものを見ないといけない季節でした。そんな風にならない為にも、自分が生まれ育った国の歴史くらいは、きちんと子ども達に語り継いでいけるようになりたいと思います。



今回も最後までお付き合い頂きありがとうございます。また更新しますね!



peco




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