フィリピンパブにただいま。
数年前に、会社の常務に連れられてフィリピンパブに行きました。
同じ課の先輩と、別の課の課長、僕の四人での飲み会です。
僕らの会社は、地方都市の末端のとても小さな市街地のなかにあります。
その市街地の申し訳程度の飲み屋さんで飲み食いして、ある程度酔い、そして常務が言ったのです。
フィリピンパブにいくぞっ!と。
アニメのオープニングコールかと思いました。つよししっかりしなさい!みたいに。
ほとんど人通りがなく、この地区の人々は、どこかもっと田舎に里帰りでもしたのかな、というほどの静かな通り。
そのストリートにフィリピンパブはありました。
からんから
ドアベルが店に響きます。そして、海外の方独特のイントネーションのいらっしゃいませが聞こえてきました。
席に着くと、フィリピンの女性が数名、おしぼりをそれぞれの男性に渡しに来ました。いらっしゃいませおつかれさまです、とかなんとかいいながら。
僕は一番したっぱなので、最後におしぼりを渡されました。
そして突然、フィリピン人女性に言われたのです。
「ジェロニモ!」
と。
一般的にフィリピンの人が喋るのは英語とタガログ語だったかなぁ、とおもいます。そしてその女性は今、タガログ語で僕になにか話しています。もちろんわかりません。「なに?」という顔をしてたら、その女性は言いました。
「あなたジェロニモじゃないね」うん違うよ。
なんかごめんね人違いさせちゃって。でも僕は生まれてこの方ジェロニモであったことはないんだ。ごめんね。
すぐさまその女性は他の女性たちを呼んで来た。
他の女性たちがわさわさと集まってくる。
口々に「ジェロニモ・・・・」と言っている、うん、違うよ。
その女性の中の一人が「お客さんジェロニモに似てるけど、ジェロニモの親戚?兄弟?あなたにそっくりよ!」と僕に熱弁した。
なんでも、ジェロニモはこの店で働いていた20才くらいの男の子。二ヶ月前に家庭の都合でフィリピンに帰国。この店の女性陣たちにとても可愛がられていて、とても優しい青年だったらしい。
みんなの口ぶりからすると、本当に彼女たちに好かれていたのがよく伝わってくる。ふむふむそうか、ジェロニモなのかそんなにジェロニモと僕が似てい「ジェロニモジェロニモうるせぇぞおめぇら!早くビール飲ませてくれよ!」
常務が機嫌を損ねてしまうのでありまする。
そりゃそうでござる。ドリンクオーダーまだだし、常務ほったらかしでジェロニモ談義に花がラフレシア並みに咲いてゐるのだから。嗚呼。
ちなみに、僕は会社の結構年上の女性たちから、「郷ひろみの若いときにそっくり!」と、人気があります。
それで常務に、郷ひろみ歌え!郷ひろみ!歌えよジェロニモ!
と、パワハラを受けました。
そして歌いました。
郷ひろみ『言えないよ』を。
ビールまだ来てないけどね!
歌い終わりました。それなりの拍手をもらいました。
常務はだんだん楽しくなくなってきたみたいなので、フィリピン女性に耳打ちして、あの人のそばにいって話聞いてあげて、と言いました。
すると常務は胸を揉ませろだの尻見せろだの、どら息子に変貌していきました。日本のスナックとかだと、女性陣が連携して雰囲気をとりつくろったりします。なだめたり、いなしたりします。
このフィリピンパブは違います!
徹底的に嫌がって避けます!
顔に出して!態度に出して!距離をとります!
常務はまるでアメリカのプロムで相手がいないひとみたいに一人ぼっちです!
シンプル!
日の丸弁当なみのシンプル加減!
流れを変えなければ!そうだ。歌だ!常務!常務!なにか歌ってくださいよ!とおねだりしました。
けっこうべろべろに酔っぱらった常務はステージへ向かいます。フィリピン女性が、ナニウタウノ?と聞きましたが、なんでもいい!と常務は答えます。
そしてフィリピン女性は履歴でちゃちゃっと音楽を入れちゃいました。
作詞 康珍化 作曲 都志見隆
「言えないよ」
郷ひろみ
さっっっっきの俺のやつーーーーーーーー!!!!
ざつーーーーーーーーー!!
やっつけしごとーーーーー!!!
さすがにそれはばれるやろ!!!!
されども、常務は気づかず歌い始めます。
常務のシナプス!
そして女性陣は手を叩いているふりをしながら、また僕のまわりによってきて、ジェロニモのラフレシアの花を咲かせにくるのです。もうやめて。。常務ますます機嫌悪くなるやん。ほら、おまえらきけよってゆうてるやん、ほら聞いてあげてよ。カスタネット適当にたたくみたいな拍手せずに全身で聞いていることを表現しようよ。せめてサビはちゃんと聞こうよ。
一応最後の方は、女性たちがステージに上がって常務を盛り上げてくれました。まるでとても小さな国の王子様のように楽しそうにしていたのが印象的でした。さすがプロ。
席に戻ってくると、常務は「ジェロニモ!飲め!」と言って、僕のビールを注文しました。常務にはハイボール、そして僕にはビール。
僕に最初に声をかけた女性がビールとハイボールを同じグラスに入れて持ってきました。社長さんどうぞ。と常務にハイボールを飲ませます。僕にビールを手渡します。
「お兄さん、このグラスあの人のグラスより小さいよ」僕に抱き着くふりをして、耳元で女性が呟きました。
遠近法で小さく見えるようにみせて、小さいグラスでビールを入れてくれていました。僕側から見ても、同じ大きさに見えます。すごい。なんだそのサルバドール・ダリみたいな手法。
常務に飲まされているジェロニモを心配してくれているのです。
感謝。
そしてそのあと、魔女のようにつぶやきました。
「お兄さん、ハイボール濃く作ったから、もうあのひとダメよ。」
保険金殺人みたいな言い方怖い。
案の定、常務は七分後に潰れる。
お店の女性全員に、ジェロニモまたね!と手を振られて店を後にしました。
接客の雑さとシンプルさといい、魔女っ気といい、そしてダリといい、
けっこう好きです。そういうの。
翌日、常務にお礼のあいさつをしました。
「あ、なんか、昨日、ごめんね、おれさぁ、昨日記憶ぶっとんでてさ、なんか、フィリピンパブ?行ったっけ?そっから記憶があいまいでさ。ちゃんと俺タクシー代とか食事代とか払ったっけ?なんか迷惑かけてない?大丈夫?あ、そうか、よかったよかった。ごめんね、ありがとね。
でさぁ、昨日家に帰って寝てたら寝言でジェロニモ!ジェロニモ!って言ってたらしいんだけどさ、家族が心配しててさ、ジェロニモってだれ?」
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