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夢見る猫は、しっぽで笑う。(承)

この作品は、
イシノアサミさん(絵)
闇夜のカラスさん(小説)
拝啓あんこぼーろ(小説)
3人で創り出しているお話です。



第1話 起 はこちら↓




第2話 承



「ねぇねぇ、ねぇ、どこまで歩くの?」

「ったくもう、アンタねぇ、なんでもかんでも人任せじゃなくて自分で考えるってことができないわけ?」

「え、でもだってドリちゃん導き手だってさっき言ったじゃん。」

「だからって、ここのこと全部知ってるわけじゃない!
まず、ここはアンタの夢の中!私はそれを手助けするドリーマー!なんでもかんでも私に訊かないで。わかったあ?」

ドリちゃんはトンネルをずいずいと進みながら、ちょっとした窪みを覗き込んだり、天井を照らしたりしながら喋る。またさっきみたいなやつがいないかどうか、点検してくれている。
すると、ドリちゃんは突然振り返り、私は慌てて立ち止まる。え?!またさっきのやつ?!

「あとさ、ひとつ言っておくけどさ、“でも” とか “だって” とか、ここじゃ意味ない言葉だから。さっきみたいなやつに捕まって喰われそうな時に、
でもー!だってえ!って言ってて通用すると思う?
がぶり、で終わりよ。
さっきも言ったように、ここじゃあなたの想像力がモノを言うの。
でも、だって、どうせ、は想像力の真逆の言葉。だからもうここではその言葉は使わないで。命とりになる。」

「え、だってそんなこと言ったって、」
と反論する私の唇を、ドリちゃんは肉球でむにんと押えた。
え?
なんかこういう時って確かさ、アニメだとさ、人差し指でさ、優しくさ、しー、みたいな感じで軽めに唇押さえるよね?なんか、肉球で強めに押さえつけられてる。え、なんか違う。顔の下半分むにってなってる。
ドリちゃんは私を見上げ、釘を刺す様に睨み、またスタスタと歩きだす。

え、なにこれ、なんか、えっと、肉球って結構やわらかい。あと、なんか肉球の匂い少しくさくて可愛い。え、な、なんかドリちゃんひたすら可愛い。ひとまず抱っこしたい。

「ねぇねぇ肉球触らせて、抱っこさせて」

「やだ」

「ねぇいいじゃん触らせてよ」

「やだ、それセクハラ」

「いいじゃんいいじゃん減らないよ?」

「もう論理がセクハラオヤジ。あんたそもそも何歳?」

「9歳だよ。」

「げ、同い年。」

「げってなによ、げって。あ、じゃあ肉球の匂い嗅がせてよ!」

「セクハラの域越えてる。それもう変態。」

私達はトンネルを進む。トンネルの壁に近寄ると、クレヨンやノートや教科書や上靴やぬいぐるみや、とにかくたくさんのものが石になってくっついていた。トンネルの壁だと思っていたものはすべて“なにか”で作られている。
一体この世界は何なんだろう。そんなことを考えていると、おままごとのマジックテープでくっつく人参の石に躓いて私はころんだ。すぐにドリちゃんが駆け寄ってきて、怪我がないのを確認してから、ほんとにのろまでどんくさい、アンタ、と仁王立ちで言った。

「向こうに光が見える。多分出口よ。
ねぇ、アンタはあの出口の先に何があると思う?」

「えー?わかんないよ。初めて来る場所だし。」

「アンタの夢の中なんだから、この先がどんな景色だったらいいか、想像してみてってこと。」

「うーん、そうねぇ、暗いのはさっきみたいなやつがいるかもしれないからやだなぁ、だから、明るくて広いところ!あと、服洗いたいから、水があるところ!でも川は溺れちゃうし、海はしょっぱいから、湖!きれいな湖!」

ドリちゃんは私の話をまじめな顔をして聴き、私が話し終わると、ふくらはぎの小さなポケットから透明なレンズのようなものを取り出した。
それを光の方に向けて覗き、指先で何度か叩いている。望遠鏡?

「それ、望遠鏡?」
「見て。」

ドリちゃんはそれを私に手渡す。
レンズを光の方に向けて覗くと、ラムネ瓶を覗いたような青が一面に見える。
トンネルの暗闇の中、レンズの青色がドロップみたいで可愛い。
トンネルの向こうには、青っぽい何かが広がっているようだ。
指先でレンズをとんとん叩くとズームされて、ピントが合ってくる。
なんだろう、この青、飴じゃないし、宝石でもないし、やっぱりラムネっぽい。
水かなぁ?少しづつ向こうの景色が見えてくる。日の光をあびてキラキラしている。
あ、やっぱり水だ。
あ!湖だ。
底まで透けて見えるきれいな湖。
砂浜もある!
ピンクと白のカラフルなパラソルもある!

「ドリちゃん!当たったよ!湖だった!」

私は、レンズを覗きながら言う。

「それ、当たったんじゃなくて、アンタが想像したから出現したの。今の感覚覚えといて。ぐずぐずしない、歩く。」

レンズから眼を離すと、ドリちゃんはだいぶ先に立って振り返っていた。

「あ、あのさ、ところで、ドリちゃんさ、私のことアンタじゃなくて、ちゃんと菜花って呼んでほしいんだけちょちょちょっとまだ話してる!待ってよ!お願い待って!
置いてくじゃん!待ってー!ドリちゃん!ちょ!ほんとに待って!暗い暗い!なんか変な音した!
待って!いやこれほんとのやつ!」

上条は、二ノ宮菜花の病室を出てIDカードをかざし、ドアをロックした。
病室には、無菌処理した者しか入室出来ない。
ドリーマーには免疫力がほとんどなく、菌類に感染すればひとたまりもない。

これから上条はナースと連携し、ドリーマーのブドウ糖濃縮液の点滴を2時間おきに交換し、精神活動の補助をしなければならない。
ドリーマーの脳の消費カロリーは人間の3倍。精神活動中はエネルギーの消耗が激しいから、濃い点滴液が必要になる。養分が切れれば、ドリーマーは活動停止するため、20分ごとのこまめな経過観察も必須になってくる。

病室の前の長椅子に、菜花の母が座っていた。上条は会釈をして通り過ぎようとしたが、あの、と、彼女に呼び止められた。

「あの、すみません、お忙しいのに。あの、二ノ宮菜花の母です。あの、ドリーマーのライセンスの方ですよね?」

「はい、上条と申します。」

「あの、菜花は、その、ドリーマーとは、その、上手くいくんでしょうか。先生にもちゃんと説明は受けたんですが、やっぱり、あの」

母親は口をつぐんだ。

ナイトメア病治療、唯一の手段のドリーマー。
巷ではドリーマーに対して様々な意見がある。
陰謀論だとか、利権がどうだとか、動物虐待だとか、精神操作だとか。
そのような情報が飛び交う中で一般の方が治療行為に不安になったりするのは当然だと思う。
上条は、少し考えて、椅子をを手のひらで示し、自分もベンチに座った。

「たった今、コネクトは無事に完了しました。医師から説明があったとは思いますが、コネクトできても、治療が成功すると断言することはできません。
そして僕は医師ではなく管理飼育員なので、医療に関することはあんまりお話できないんです。その、申し訳ないです。」

母親は、両手でハンカチを握りしめ、病院の床を見つめている。乾燥で手肌が荒れ、あかぎれが酷い。栄養も睡眠も足りていないのだろう、上条は母親の生活を想像した。そりゃそうだ。娘が眠って起きない。そんな状態で眠れるわけがない。そんな状態の母を前に、紋切り型の会話しかできない自分が嫌になる。
しばらく、二人はだまりこむ。

上条がドリーマー管理飼育のライセンスを取得して15年。
こういう時にご家族になんて声がけをすればいいのか、未だに答えが見いだせずにいる。
あくまで病を克服するのは患者であり、ドリーマーはその患者のサポートをするだけだ。そしてドリーマーが最善最適の状態で精神活動できるように、上条たちはサポートする。
適合したとしても、患者とコネクトができないケースも多々あるし、
コネクトできたとしても完治すると確定するわけではない。上条も、ドリーマーも、無力な存在だと痛感するケースがたくさんあった。

けれどもナイトメア病には、今までの睡眠治療薬は一切通用しないし、ドリーマーでの回復例がダントツで多い。
ドリーマーも自分も微力で、世論や噂は反対意見の方が多いが、やるだけの価値は必ずある。と、上条は思っている。
上条は自分の手のひらを見ながら話し始める。

「医療のことは専門外なのでお話できません。
でも、あの、ドリーマーのことについてはお話できます。
正直、こういう場でお話することなのかどうか、僕にもわかりません。無責任な事を言って傷つけてしまうようなことは、良くないと思うからです。なので、あくまでもデータに基づいたことをお話します。」

母親は、お願いします。と、祈るように頭を下げた。

「今回、娘さんに適合したドリーマーは、388番というコードで国に登録されています。388番は、管理飼育開始からずっと今日まで、どなたとも適合しませんでした。だから、飼育室に9年間いました。ドリーマーで9年はとても長生きです。一般的なドリーマーは、4年がだいたいのところの、その、活動限界です。

患者さんにコネクトできる個体もいれば、一度もコネクトなしで、その、限界が来る個体もいます。
だから9年という期間は驚異的です。

ドリーマーは、医療特化生物です。自然界で生きるのは不可能。
研究室で生まれた生物です。
脳の活動に特化しすぎたために、あらゆる病原体に対する抗体を一切持ちません。
感染すれば、100%その、限界を迎えます。

388番は厳密な管理化なのにも関わらず、何度も感染しました。他の個体よりも粘膜に菌が付着しやすいのかもしれません。そして更に原因は不明なんですが、何度感染しても、免疫を持たないはずの388番は回復しました。そういうケースは世界でもデータがありません。

ドリーマーとして活動するためには、痛覚は必要不可欠です。
人間の脳と細かな連結をするために、微細な神経がたくさん必要だからです。
だから、彼らの痛覚は普通の動物の3倍から4倍強いと言われています。

痛みには敏感ですが、彼らは自立の歩行や移動はできません。
わたしたちは痛みや苦しみに身をよじることもできますが、彼らはできません。痛みや苦しみにただ耐えるしかないのです。僕達が感じる何倍もの痛みを感じながら、
388番は今日まで生き抜いてきました。」

上条は母親をちらりと見た。彼女は何度も頷きながら、眼をつむり話を聴いている。

「だから、その、数値として、データとして、お伝えできることは、388番の生きる意思や生命力は、どの国の、どのドリーマーより、あると、そういうことです。
そのドリーマーと、菜花さんは、今、コネクトしています。

そして、ここからは、僕の、ただの主観ですが、あれだけ長い間、耐え抜いたドリーマーは、他にいません。
だから、僕は、388番は、やり抜くって、信じています。」

良かったんだろうか。
データや事実とは言え、主観も織り交ぜ、希望をもたせるような事を言って、良かったのだろうか。管理飼育員として逸脱した行為なのかもしれない。
9年間388番を管理飼育してきて、388番に特別な感情を持っている。その情が上条を喋らせてしまった。
上条は病院の床を見つめる。

母親はずっと黙っている。
上条は唇を噛み締めて、また横目でちらりと母親を見る。彼女は目をつむったまま、何度も深く頷いている。
そして、口の前でハンカチを潰すように強く握りしめ、嗚咽を抑え立ち上がり、震えながら、上条に深く頭を下げた。
母親の滅菌済みと書かれた院内スリッパに夏の雨のような大粒の雫がいくつも落ちる。
堪えきれない嗚咽とともに、ありがとうございます、と彼女は言った。
上条も慌てて立ち上がり、深く頭を下げた。


「え?!キモいんだけど!私もやるの?!やだやだむりむり!」

私はカラフルなハンマーを小刻みに顔の前で振る。

「うるさい!早く構えて!」

ドリちゃんは私を強く指差す。

トンネルを抜けた先は砂漠だった。
砂の一粒一粒が米粒くらいのサイコロ状で、サイコロの表面にはお経みたいにたくさんの文字が刻印されていた。その砂漠に大きな青い湖がひとつ。

その湖のそばに、ドリちゃんと私は立っている。そして私達のまわりを青いザリガニが、囲む。

ぎちがちぎちがちぎちがちぎちがち

彼らはつぶやくように、はさみや変な口を鳴らしている。
いちにいさんしいご、12匹。
12匹のザリガニ。
ドリちゃんはこのザリガニを全部倒せって言う。手のひらぐらいのザリガニならいいけど、このザリガニはおじいちゃんちで飼ってた犬の「ぼんち」ぐらい大きい。
ぼんちの犬小屋はすごく臭いし、ぼんちをブラッシングすると、もう一つぼんちが生まれるぐらいぼんちは毛が抜ける。
ちなみにぼんちはお菓子のぼんち揚に似ているからっておじいちゃんが
「なに夢の中で現実逃避してんのよ!早く構えなさいよ!」

「え?あ?どど、どうしたらいいの??!」

「もぐらたたきだと思えばいいのよ!人間のくせにもぐらも叩いたことないの?!」

「え?!ないよ???!一体どんな時に叩くの?!どんな状況??!」

ドリちゃんは自分のバッグからストローを取り出してジャンプする。
ドリちゃんは空中で回転しながらストローを咥え、息を勢いよく何度も吐き出す。ストローの先から画鋲みたいなものが出てきて、ザリガニたちの尻尾に、ぱすんぱすんぱすんと刺さる。
身動きが取れなくなった何匹かのザリガニたちは、ハサミで画鋲を引き抜こうと暴れだす。

ぎちがちちちちちちちち

ドリちゃんはザリガニたちの向こう側に着地し、腕を組む。もう手を出さないつもりらしい。

「叩けば、いいの?」
小声で私が訊くと、ドリちゃんは聞こえないふりをして爪を眺める。感じ悪い。
ザリガニたちは相変わらず、うるさいし、気持ち悪いし、臭い。
もう、早く終わらせたい。ぱぱっと、一瞬で動いて全部ハンマーで叩きたい

ぶおん 

と風が吹いた。

「できるんだったら最初からやんなさいよ、ほんっとにめんどくさいんだから。」

となりにドリちゃんがいる。
あれ、ん?ザリガニがいない。

「早く行くわよ。あのパラソルのところで休憩。」

「え?ザリガニは?」

「はぁ?アンタが自分でやったんでしょ。夢の中で夢遊病なんてほんっとに笑えない。」

「え?ほんとにどゆこと??」

パラソルに着いて、クリーム色のロッキングチェアにドリちゃんは寝転んで答える。

「さっき、あんたがあのザリガニが消える前に何を思ってたか思い出して。」

「えっと、ぼんち揚に似ている、ぼんち。」

「んもぅ、違う、もっと後!」

「ドリちゃんが、爪を眺めて感じ悪い。あ、これ俳句みたいじゃない?」

「はいはい、もっと後。」

「えっと、気持ち悪い、臭い、早く終わらせたい。」

「それね、それが発動したってわけ。それが想像力の威力ってこと。アンタは眼をつぶってて、分かんないみたいだけど、一瞬で全てハンマーで潰してたわ。」

「え?じゃあほんとに私がやったの?」

「そう。さあ、いい加減、装備を整えるわよ。」

「へぇ!すごい!魔法使いだね!
あ、待って、先に汚れ落としたいんだけど。」

「分かった。1分あげる。深いところには絶対に近づかないで。戻れなくなる。いい?」

「うん分かった。ドリちゃんもおいでよ、肉球洗ってあげるから!」

「59、58、57、」

私は慌てて湖に駆け寄る。
ラムネの瓶を青空にかざしたみたいなきれいな色の湖。
そのきれいな水をじゃぶじゃぶ使って、私は手足の泥を落としていく。水は綺麗で、湖の深い底まで見える。
底には、孔雀色の倒木が沈み、その合間を金色の小魚たちが、きらきらとおよいでいる。さかなたちにももじがかいてあるようにみえる、とおってもきれい。ぼうっと、するし、きれいなさかなたちつかまえたいし、さわってみたいし、ほしいさわりたいつかまえたい


「3、2、1、はい戻ってきて。
聞こえないのお?
なにしてんの、早く戻って来なさいよ。
ほんっとにのろまなんだから!
時間が経つほど不利だって言ったでしょ!
ちょっとアンタ聞いてる?
何してんのよ!ったく!

え?

ダメ!
行っちゃだめ!
深いところはダメって言ったじゃない!
ダメ!
止まって!
やばい、あいつ、意識閾値超える!
やばい!

危ない!
戻れ!!
止まれ!
戻れ!
菜花!」





















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