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パワハラ死した僕が教師に転生したら 4.お金は愛です

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 教師の2回目の社会の授業。
 新しい生徒達にも慣れ始め、少しリラックスしてきた教師。しかし、生徒達は・・・・・。
 教壇から生徒達全員の顔を眺め、一呼吸置いてから、ゆっくりと話し始める教師。
 
「前回の授業では、株式会社の仕組みを説明しました。そう、株式会社では株主が最強で、株式会社という仕組みは、株主がお金を得るためにあるのです。そして、株主が一人の会社から何十万人の会社まで、色々な会社がありますが、どの株主も、利益、お金を求めています。多くの、より多くの利益を求めているのです。そして、現代では大勢の労働者が株式会社で働いていますが、そこでさせられているのは、株主の利益の追求なのです。みなさんが社会に出てさせられることも、これなのです」
 
「うー・・・・・カネ、カネってさ・・・・・そういうの、俺はイヤ。なんか・・・・・違う」と幼さの残る顔立ちの優太が言う。
「そんなことはないのですよ。株主も労働者も、誰もがお金を求めるのは自然な姿なのです」
「・・・・・なんで?」
「うーん、それを伝えるには・・・・・そうですねぇ、例えば、マンモスの時代・・・・・」
「マンモス!?」と丸い瞳をキラキラさせる優太。
「・・・・・ええ、例えば、マンモスの時代・・・・・」
「うー、なんでマンモス?」
「・・・・・もう優太さん、これからそれを話すのですから、ちょっと静かにして下さい・・・・・例えば、マンモスの時代・・・・・」
「うー、俺もう頭ん中がマンモスで一杯」
「パラノ野郎!なんでマンモス!どうしてマンモスぅぅぅぅぅぅぅぅ!」と鳥居が大きなリーゼントを左右に振り乱して大声で言う。
 思いっきり首をかしげ、迷惑そうに目を細めて鳥居を見つめ、ため息をつく教師。
 
「だから、これからそれを話すのです。マ・・・・・でなく、その時代、それは、風が荒々しく吹きすさび、大地はとても寒く、氷河が広がり、世界が白い雪に覆われていた時代。そして、人々の生存率が現代と比べ恐ろしく低い、過酷な時代です。そこにある家族、お父さんとお母さん、その子供たちが暮らしていました。家族は、お父さんが狩りで獲ってきた動物の肉を食べて暮らしていました。しかし、ある日、お父さんが狩りに出ても獲物が見つからなくなりました。周りに動物がいなくなってしまったのです。家族には食べる物がなくなってしまい、日ごとにやせ細っていきます。このまま行けば、家族の先は見えています、それは死です。そんな時、お父さんにできる、最も愛のある行動はなんでしょうか?」
 
「いちいち問いかけなくて良いので、とっとと進行して下さい」と文香がショートカットの細い黒髪をかき上げ、白い額を覗かせながらそっけなく言う。
 
「・・・・・お父さんは、弱っていく子供達に慰めの言葉をかけたり、愛の歌でも歌っていれば良いのでしょうか?違うのです。お父さんができる最も愛のある行動は、狩りに出ることなのです。遠くの知らない土地に行かなければならない、そこでは未知の危険が待ち受けている。けれども、狩りに出て、獲物を捕らえ、その肉を家族のために持って帰ってくる、そして、家族に肉を与える。これがお父さんにできる、最も愛のある行動なのです。肉が愛なのです。家族はそれで死なずに済むのです。そう思いませんか?」
 
「いちいち同意を求めないで下さい。最初に結論から初めて下さい。とっとと終了させて下さい」とまくし立てるように言う文香。
「・・・・・文香さんは何を怒っているのですか?」
「社長が覚えてないなら結構です。とっとと終業して下さい」
 
「ああ・・・・・はい。それで現代では、お金が、この例え話における肉なのです。お父さん、あるいはお母さんが、働いてお金を稼いでくることが、子供のための愛のある行動であり、お金が愛なのです。だから、株主も労働者も、お金を求めるのは当然なのです」
「でも・・・・・お金と肉は・・・・・違うんじゃ?」と訊く優太。
「いいえ、マンモスの時代よりずっと後、人間は集団の中で、狩人、農民、職人、大工、医者といった分業をするようになります。そして、最初は、治療を受けた狩人が医者に肉を渡すといった、物やサービスの直接交換をしていました。しかし、大工が弓矢職人の家を建てた場合、大工は弓矢をもらいますが、狩りをしない大工に弓矢は要りません。それで、大工は弓矢を狩人の所に持って行って、肉と交換しないといけない、でも、これはとても面倒だったのです。それで人間は、何とでも交換できる、お金というものを生み出したのです。だから、現代では、狩りに行かずとも他の仕事で稼いだお金で肉を買える、だから、お金はマンモスの時代の肉と同じなのです」
「ふーん」とうなずく優太。
 
「子供が飢えるだなんて大げさな例え話だったと思うかもしれませんが、今の日本にも色々な事情で十分に食事を摂れない子供がたくさんいます。この子供達にまず必要なのは、愛の歌ではなく、食べる物なのです。そして、食べる物はお金で買える、お金があれば十分に食べることができる、だからお金は愛なのです」
 
 とうとうと話し続ける教師。
 3階の教室の窓からは、運動場でサッカーをしている生徒達が見える。
 褐色のゴツゴツした手で頬杖をつき、窓際の席からそれを眺め、あくびをするふりをする冬司。
 
「お金があれば着る物も買えるし、家を買ったり借りて住む場所も持てます。暖房があれば凍えなくて済むし、シャワーやお風呂があれば体を清潔に保つことができます。こういう当たり前のことにも、お金が必要なのです。お金があれば子供を遊園地に連れて行ったり、ピアノやスポーツを習わせたり、ペットを飼ったりもできます。こういう何でもないようなことが、子供の心を豊かにするのです。だから、みなさんのお父さんもお母さんも、みなさんを愛するためのお金を稼ごうと働いています・・・・・だから、お金は愛なのです。それで、誰もがお金を欲しがるのです」と歌い上げるように言う教師。
 
 うつむいた冬司の目に映るのは、長身の冬司には小さすぎるリユースの汚れた学ランと、つま先に大きな穴の開いたスニーカー。冬司のバイト代は着る物には回せない。
 
「・・・・・でも、愛っていうのは、お金だけじゃなくて、もっと内面的な、想いのようなものがあるでは・・・・・」と言う文香。
「うー、アトム先生はさっきから・・・・・カネカネばっかで・・・・・夢がなさすぎ」と顔をしかめた優太が言う。
「いいえ、夢を叶えるのにも、お金が要るのです。例えば、医者になるのが夢という子がいます。そのためには医大に行かないといけません。上手く国公立の医大に入れれば、6年間の学費は4百万くらいで済みますが、私立なら6年間で2、3千万、学校によっては4千万とかかる。それで、親は必至に働いてお金を用意し、子供を医大に入れます。このお金がなければ、子供が医者になる夢は叶わなかった。そして、子供の夢を叶えるために一生懸命働く親の想い、そして稼いだお金が、親の愛でなくで何でしょうか。だから、お金は愛なのです。お金があればあるほど、子供を愛することができるのです」
 
 運動場では、生徒達が無邪気にサッカーボールを追いかけている。
 そこでは一応、誰にでも機会がある。
 春の光の中で飛び跳ねるボールを眺めながら、不意に冬司は「・・・・・じゃあ、金のねえ親は子供を愛せないのかよ」とつぶやいてしまう。
 
 ボールを追いかける生徒達の笑い声と歓声。
 
 少しの間を置いて、教師が静かな声で答える。
 
「・・・・・それは、心の中では愛したいと思っているけど、現実にはそれができていない状態です」
「はあ?」と苛立った声で言い、疲れて濁ってしまったかのような瞳を伏せる冬司。
 冬司に向かって、分かりきったことを言うかのよう話し続ける教師。
「それは、愛が心の中だけにとどまってしまっている状態です。愛したいのに、現実には、愛せていないのです。与えたいと思っている、けれど、現実には与えることができていないという状態です」
 
 教師を睨みつける冬司。気付かないうちに握りしめていた拳が少し震えている。
 冬司を見つめながら、冷たい口調で教師が続ける。
 
「それは、愛の歌を歌っているようなものです。だから、マンモスの時代だったら、その子供は飢えて最後は・・・・・」
「今はマンモスの時代じゃねえだろが」と突然怒鳴り、拳を机に叩きつける冬司。
 
 残響とともに静まり返る教室。
 振り下ろした拳を握りしめたまま、微動だにせず、教師を睨み続ける冬司と、無表情に冬司を見つめる教師。
 
 長い沈黙に耐えきれず優太が「うー・・・・・なんで・・・・・マンモス?」と小声で言う。
 
 ・・・・・
 
「・・・・・冬司、ま、落ち着こ・・・・・パパいなくてママ病気がちで、小さい妹もいて、冬司が昔からしんどいのは知ってるけど・・・・・こんな変な先生、スルーで行こ」
「うるせえ馬鹿野郎、テメエ余計なこと言ってんじゃねえ」と優太に向かって怒鳴る冬司。
「あっ・・・・・うー、ごめん」と冬司に向かって手を合わせる優太。
 
「・・・・・冬司さんの家は母子家庭でしたね」
 鋭い眼差しで再び教師を睨みつける冬司。
「貧しいのですか?」
「・・・・・お前、俺に恥かかせて面白いのかよ?」と言う冬司の声が大きく震える。
「そのことを、お母さんは、あなたに何度も謝りませんでしたか?」
「・・・・・」
「お母さんが謝るのは、お金が愛だと分かっているから、そして、それを十分に与えられないことに罪悪感を抱いているからではないですか?」
「・・・・・黙れよクソ野郎、母親は関係ねえだろ」と吐き捨て、立ち上がり教壇に向かって進む冬司。
 
 教卓の前で長身の冬司が教師を見下ろす、その怒りに満ち満ちた目。
 その目を落ち着いて見据える教師。
 冬司が教師の胸倉を両手で掴み上げ、「お前、黙れ。俺の家の話も、カネの話も、止めろ」と怒りを押し殺した声で言う。
「ちょ、冬司、ストップ、ストップ。アトム先生も、もう黙ろ」と言いながら仲裁に入る優太。
 
「・・・・・いや、これはとても大事なことなのです。貧しい母子家庭などどこにでもある、僕の生徒にもたくさんいた。それから、お母さんのことはどうでもいい。問題は、冬司さん、あなたです。問題はそういう家庭で育った子供達のマインドなのです」と冬司の目を強く見返しながら口調を強める教師。
「はあ?」と濁った低い声を出す冬司。
「あなたはお金を汚いと思っている」
「ああ、あんなもんこの世から消えりゃあいい、だから何なんだよ」と怒鳴る冬司。
「そう、あなたにはお金が必要、だけど、あなたのお母さんがあなたのために必死に働いても十分なお金を稼げない、あなたに十分に与えることができない。けれど、あなたは子供で、お母さんを愛しているから、この状況を受け入れざるを得ない。それであなたは、お金は汚いと思い込もうとしてきた。典型的なのです。違いますか?」と声を荒らげる教師。
「・・・・・黙れ」と言う冬司。
「あなたはお母さんに、お金がなくても僕は平気だ、気にしちゃいないと言い続けてきた。でも本当は、あなたはお金があればどれほど良いかといつも思っていた。でも、お金はいつも、ない」
「黙れって言ってんだよ」と叫びながら、教師の胸倉を更に掴み上げ、顔を近寄せ、挑みかかるような目つきで教師を睨む冬司。
「あなたはお金のないことを直視したくない、お金のない劣等感を感じたくない、お金のない苦しみから逃げ出したい。だから、冬司さん、あなたは、お金は汚いと自分に言い聞かせて、現実から逃避してきた、違いますか?でも、問題はこの・・・・・」
 
 パンッ
 
 冬司のゴツゴツした大きな手のひらが教師の頬を張る音。
 真後ろに倒れる教師。
 
「・・・・・見たくもねえ現実、上から偉そうに突き付けてくんな。これ以上、俺にどうしろってんだ」

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