見出し画像

パワハラ死した僕が教師に転生したら 3.株式会社という歪んだ仕組み

第1話はこちらから
前話はこちらから

 教師の1回目の社会の授業の続き。
 両方の手のひらを上に向け教卓に置いた教師が、大きな瞳に笑みをたたえ、少し低い良く通る声で授業を続ける。
 
「では今日は、株式会社の仕組みについてお伝えします。
 現代では、私達が必要とする多くのものは、株式会社で働く人達によって作られ、株式会社で働く人達によって売られています。
 例えば、みなさんが好きなゲームは、任転堂株式会社といったゲームを作る株式会社で働く人達が作り、売っています。みなさんの着ている服や住んでいる家、自転車、スマホやマンガなども、株式会社で働く人達が作り、売っています。私達が電気を使えるのも、電力会社で働く人達が、発電所や電線といった装置を維持してくれるからです。ネットも同じですし、飛行機で移動できるのも、アイドルのライブを見られるのも、株式会社で働く人達のおかげです。
 私達は、必要とする物やサービスのほとんどを、株式会社から買っています。
 そして、社会には、色々な物やサービスを作ったり売ったりしている株式会社が無数にあります。また、働いている人が何十万人もいる大きな会社から、数人しかいない小さな会社まで、様々な規模の株式会社があるのです。そして、多くの人々は、そこで働いています。
 つまり、社会の大部分が、株式会社から出来ているのです。だから、この株式会社という仕組みがわからないと、社会のことがよくわからないのです」と教師が言う。
 
「さて、それで株式会社の仕組みですが・・・・・そうですねぇ、例えば、僕が大金を稼ぎたくなって、教師を辞めて、株式会社を始めるとしましょう。そう、僕はお金が欲しい、そして株式会社は、お金を稼ぐための仕組みなのです・・・・・それで、さて、どんなビジネスをする会社にしたものか・・・・・」
「・・・・・ゲーム作ろっ、ゲーム!・・・・・さっきの任転堂と同じ・・・・・そんでアトム先生が作るんだから、アトム株式会社」と無邪気な表情の優太が明るい声で言う。
「・・・・・ちょっとその社名は・・・・・昭和っぽいというか、古くないですか?」と教師が気乗りしなさそうに言う。
「佐々川株式会社よりは現代的かと・・・・・カタカナのアトム株式会社で良いので進めて下さい。それで、どんな話なのですか?」と、白く細い指先でペンを持った文香が、少し尖った口調で訊く。
「・・・・・許可されても嫌なのですが・・・・・まあ、では、ゲームを制作する、漢字でなくカタカナのアトム株式会社、それで行きましょう。まずは僕が、会社を作るためのお金を1千万円用意します。コツコツ節約して貯めた、ありったけの1千万なのです。もっと少額でも会社は作れますが、ゲームを作るならこのぐらいは必要でしょう。僕はこのお金をアトム株式会社に支払い、代わりにアトム株式会社からアトム株式会社の株式を受け取って、会社が出来上がります。
 株式を持っている人を株主と言います。株主は、会社のことを何でも決められる、株式会社の支配者です。土地を持っている人を地主と言い、地主が土地の支配者であるのと同じです。それから、株式のことを、手短に株ともいいます」
 
「次に、社長、代表取締役とも言いますが、これを誰がやるかを決めます。社長とは、アトム社がどんなゲームを作りどうやって売るかという作戦を決めたり、アトム社で働く人達のトップに立ってみんなを指導したり、働く人達の給料を決めたり、アトム社の代表として外部と交渉したりする役割の人です。
 ・・・・・あ、こういうと、社長がアトム社の支配者と思えてしまうかもしれませんね。でも、社長を選んだり、社長をクビにしたりできるのは株主なのです。だから、会社の支配者は、最終的には株主なのです」
 
「それでアトム社では、株主である僕が社長もやります。僕がゲームで一発当てたくて作った会社ですからね。そして次に、取締役を決めます。取締役とは社長のすぐ下のポジションで、社長をサポートする役割の人です。アトム社では・・・・・うーん、じゃあ、颯太さん、愛鐘さん、取締役になってもらえませんか?出来たばかりの会社なので、最初のうちは給料を払えませんが」
「私、ゲームって、しないかなぁ」と亜麻色の綺麗な髪を触りながら愛鐘が言う。
「俺もしない」と無表情の颯太が言う。
「いいじゃないですか、例え話ですから。それで、アトム社は、ちょっと古いビルの一室を借りて、3人でゲームの開発を・・・・・」
「・・・・・いや、事務所を借りる必要はない。月20万くらいはかかる、無駄だ。それぞれ自宅でワーク、打合せはウェブでやって、金は少しでも多くゲームの開発と広告に回した方がいい」と颯太がつまらなそうに言う。
「問題は、どういうゲームにするか。ビジュアルやサウンドに凝ったやつは開発に相当金がかかる。1千万しかないならその選択はない。なら、金のかからないシンプルで、だけど新しい概念の、パズルかカードゲームのようなヤツを、スマホで出す。まずやる仕事は、その新しい概念、新しいゲーム性を考え出すこと、そこで勝負する。それが上手く行けば、少しはゲームが売れる、かもな。まあ、現実には、素人3人で会社始めても潰れて終わりに決まってる・・・・・」
「・・・・・うーん、颯太さん、凄いですね・・・・・なるほど、ではそうしましょう。それで、3人で作ったゲームはまずまず成功した、としましょう。社長と取締役の給料も少しは払えるようになり、ゲーム開発のノウハウもたまった。アトム社はさらに攻め続けます。社員を雇い、銀行からお金を借りて、新しいスマホ用のゲームを開発するのです。では・・・・・優太さん、文香さん、冬司さん、鳥居さん、社員になってもらえますか?出来たばかりの会社なので、給料は安いのですが」
「うん、やる。やっと俺の出番」と笑って答える優太。
「私、ゲームには興味がないのですが・・・・・」と言う文香。
「・・・・・コイツの授業、学芸会かよ」と窓の外を眺めながら乾いた声で言う冬司。
「アトム社長!よろしく!よろしくぅぅぅぅぅぅぅぅ!」と大声で言う鳥居。
「・・・・・この4人のみなさんが、アトム社が初めて雇った社員、労働者です。労働者とは、社長や取締役の下で働く役割の人です。さて、それで、新しいゲームはどんなものにしましょうか?」
「うー・・・・・それは・・・・・人間が動物になるヤツ」と優太がワクワクした表情で言う。
「・・・・・は?」
「舞台はサバンナなの・・・・・そんで、色んな動物がいるんだけど、プレイヤーがなる動物はガチャで決まる。プレイヤーは、ガチャで決まった動物の赤ちゃんとして生まれるの・・・・・そんで、親に育てられるところから始まって、大きくなって、子供作って育てたりして、最後は死ぬの。だから、サバンナの動物の一生がわかる・・・・・そんで、なんの動物になるかで、プレイヤーのしないといけないことが違う。シマウマは草を食べないといけないし、ライオンは他の動物を襲って、肉を食べないといけない。そんで、食べられたり、病気になったり、歳をとって死ぬと、ガチャで他の動物に転生するの」
 
 丸い瞳を輝かせ、話し続ける優太。
 
「画面にはプレイヤーがなった動物が見てるものが映る。そんで、プレイヤーは、でっかい夕日で全部がオレンジ色になったサバンナを動物になって走る、シマウマとかになって広いサバンナをひたすら走る、それがとっても気持ちいいゲームなの」
「動物になりたいヤツなんているのか?それと、金はどこで取る?」と颯太が落ち着いた低い声で訊く。
「キリンとかチーターとかのレアな動物がいて、これにはめったに転生しないんだけど、課金すればそれになれる。あと少しだけ広告載せる」
「・・・・・うーん、優太さん、なにか壮大なゲームですね、凄い・・・・・よし、じゃあ、それで行きましょう。僕達7人はそのゲームを、夜も寝ないで作りましょう、ここがアトム社の勝負所ですから」
「うー、やる。俺、頑張る」
「・・・・・クソだりぃ学芸会、まだ終わらねえ?俺は退職な」と頬杖をついた冬司が呆れた顔でつぶやく。
 
 微笑んで冬司の方をチラッと見た後、教師が授業を続ける。
 
「・・・・・そしてその後、サバンナのゲームはめちゃくちゃに売れた、大ブレイク、大当たりしたのです。僕達7人は、やってのけたのです。アトム社は大成功、今や有名なゲームメーカー、アトム社には利益が10億円出たのです!」と興奮したふりをしながら、素早く板書をする教師。
 
 チョークと黒板のぶつかる音。
 黒板の計算式。
 
 
 
アトム社の利益=売上(*1)-費用(*2)-役員(社長と取締役)・労働者の給料
 
*1:レア動物の課金や広告でアトム社に入ってきたお金
*2:ゲームの開発や広告に使ったお金、グーグルとかアップルに払ったお金、銀行に払った借入金の利息、税金など
 
 
 
「この利益が10億出たのです」と黒板を指さして熱を込めて言い、急に冷たい口調に変えて「そしてこの10億円は、僕のものなのです」と言う教師。
 
「なんで?」と優太が言う。
「・・・・・どうしてですか?」と文香が訊く。
「僕がアトム社の株主だからです」
「でも、みんなで寝ないで一生懸命働いた結果がその10億円なわけですよね。ゲームのアイデアを出したのは優太君だし。それが全部、先生のものって・・・・・おかしくないですか」と真剣な眼差しで文香が教師に訊く。
「それが全然、おかしくないのです。会社法という法律でこう決まっているのです。なんなら株主である僕は、この10億円をアトム社に配当させて、僕個人の銀行口座に移すこともできます。これが株式会社・・・・・会社にお金を出した株主が最強なのが株式会社なのです」
「やっぱりこういうロールプレイか」と冷たい口調で言う颯太。
「・・・・・はい。さっきの話と違い、僕が怠け者の社長の場合でも、あるいは文香さんが僕に代わって社長をやる場合でも、10億利益が出れば、それは株主である僕のものです。黒板をもう一度よく見て下さい」
 
 黒板の計算式。
 
 
 
アトム社の利益=売上(*1)-費用(*2)-役員(社長と取締役)・労働者の給料
 
 
 
「颯太さん、愛鐘さんが貰えるのは取締役の給料、優太さん、文香さん、冬司さん、鳥居さんが貰えるのは労働者の給料です。そして、取締役の給料は株主である僕が決め、労働者の給料は社長である僕が決める。つまり、全部、僕が決めるのです。そして利益は全部、僕のものなのです」
「・・・・・では、その給料を何倍かにしてもらわないと・・・・・10億も利益が出たのですよね」とせっかちに訊く文香。
「あー、それは・・・・・嫌、ですね。みなさんのお給料を上げれば、アトム社の利益、すなわち、株主である僕に入ってくるお金が減ってしまうじゃないですか。ま、ゲームも売れたので、どうしてもと頭を垂れるなら少し位は考えてやってもいいですが、ねぇ。そもそも、アトム社が失敗していたら、僕の1千万円はゼロになっていたのですよ、そのリスクを取ったのは僕なのです。どうして株主でもないみなさんと利益を分け合わないといけないのですか?」
「・・・・・でも1千万と10億では桁が全然違うのではないですか」
「そうですけど、こういう法律の仕組みなのだから、仕方ないじゃないですか。あなたはただの労働者でしょう。そんな下々の者にどうして僕が口出しされないといけないのですか?それに、あなたの代わりの労働者はたくさんいる、嫌ならとっとと辞めてもらって結構です」と冷ややかな声で言い、馬鹿にしたような表情で教壇から文香を見下ろす教師。
「・・・・・この社長、いや、この先生・・・・・なんか・・・・・すっごくムカつく・・・・・生徒を見下して・・・・・」と言い、黒縁眼鏡の奥から教師を睨みつける文香。
「そういう上からなところがあるから、前世でいじめられちゃったんじゃないかなぁ?」と愛鐘が大きな瞳で教師を見つめて楽しそうに言う。
「愛鐘ちゃん、前世とかはウソ、だから」と言う優太。
「えー、そうかなぁ?」
「・・・・・とにかく私はこんな会社、辞めます」とふくれっ面の文香が言う。
「ははははは、文香さん、今のは冗談、ただの例え話です。そんなに怒らないで下さい。僕に社長の仕事ができるとは思えませんし。でも、みなさんの出ていく社会には、この例え話の僕のような、強欲な株主や社長がたくさんいます。僕をパワハラ死させた会社の社長もそういうヤツでした。そういう会社の労働者は、とても貧しいのです」
 
「うー・・・・・でも俺、これが本当の話でそのゲーム作れるなら、続き作りたいし、お金もそんなに要らないから・・・・・辞めない」と優太が言う。
「・・・・・そう、何故だかそういう人が多いのです。前世の僕もお金には興味がなかった。それで、そういう人が増えて、みんなの給料が安くなって、みんながそれに慣れてしまった。それが問題なのです」と少し憂鬱そうな表情で言う教師。
「放っとけ、シマウマは多い方が稼ぎやすい」と冷たい口調で言う颯太。
「・・・・・お前・・・・・それ、俺のこと?」と優太がもそもそと訊く。
「間の抜けた無欲なヤツのことを言っただけで、お前のことじゃない」と優太を見ずに淡々と答える颯太。
「うー・・・・・何お前?・・・・・めちゃめちゃ感じ悪い」と言い、優太が激しく目を細める。

登場人物、目次(各話へのリンク)の紹介ページ

よろしければサポートお願いします。 いただいたサポートはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます。