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世界は, 1人と6冊から出来ている

高校時代の恩師が言っていた。

物理こそ最強の学問である, と。


世界には数学という統一言語があるため、
一見それが "最強" にも見えるが

彼によると数学は、
"物理のためのツール" に過ぎないらしい。


なぜ物理が最強なのか, と問うと、
彼はこう答えた。

物理は "最小" の理論で
世界を解釈する試みなのだ, と。


冷やす男


中学生だった頃、理科が好きだった。

日常の疑問が理屈で説明されるのは
学んでいて爽快だったし、

暗記科目が苦手だった僕は、その場で
式を創る感覚にも惹かれたのを覚えている。


高校に上がると、僕が好きだった
"理科" は4つに分かれていた。


化学、生物、地学、物理。

4つのうち2つを選んで、3年間勉強するらしい。


世界への疑問に答えてくれる。

そんな理科が好きだった僕は
少しがっかりした。


4つのうち2つしか学べないのであれば、
世界の半分しか分からないじゃないか, と。

それでも、原子力分野を学びたかった僕は
物理と化学を選択した。


緊張しつつ出席した最初の授業で

若い物理の先生は両手を広げ、
僕たちにこう言った。

物理を選んだ君たちは正しい!
ようこそ世界一面白い世界へ。

僕が、物理と、
この先生を好きになった瞬間だった。


先生とルーティーン


彼は大学院で低温物理学を専攻し、

極限まで冷やしたヘリウムというガスを使って
宇宙にまつわる研究をしていたらしい。


あと、徐々に分かったことだが、

授業の最初の15分で物理についての
小噺をするのが彼のお決まりの流れらしかった。


その初回の小噺のテーマが
なぜ物理は最強なのか」だったのだ。

彼は一から丁寧に説明してくれた。


世界を切る


ようこそ世界一面白い世界へ。

物理こそ最強の学問である理由を
今から君たちに説明したい!


初回の授業は、理科から細分化された
一教科に過ぎない物理が

なぜ最強の科目なのかだけ覚えて
希望と共に帰ってほしい。


じゃあ始めよう。


理科という教科は、
世界を理解するためのものだ。


しかし、一口に世界を理解すると言っても
色んな切り口が存在するのは

みんな分かると思う。


例えばこのチョーク。

手を離すと床に落ちて、
このように割れ、砕ける。

それじゃあ、なぜ物体は落下するのか?
なぜこのチョークは割れるのか?

説明できるだろうか。


窓の外。今日は雲一つ無い快晴だ。

では、天気がどんな仕組みで決まるか
説明できる人はいるだろうか?

気温は25℃だけれど、
いったい温度とは何なのだろうか?


話をもっと身近にしよう。

人間とはどんな生き物なのだろうか?

なぜ僕たちは死ぬのだろうか?

僕たちは何から出来ているのだろうか?


半径30cmの世界でも疑問は尽きない。


これらの問いに対して
どのスケールまで視野を広げるのか、

これが理科が細分化した理由であり、
さっき僕が "切り口" と言ったものの正体だ。


小さな世界


最も視野が広いのが地学だ。

大地という、時間的にも空間的にも
とてつもなく広い対象に着目し世界の理解を試みる。


次が生物。

生き物の一個体のスケールで
時間と空間を捉えて答えを探す。


次が化学で、分子レベルでの反応や
構造変化を取り扱う。

最後に、素粒子のレベルまで落とし込み
最も小さな世界を見るのが物理だ。


ここまでの議論で分かるように、

各分野で扱う対象が違うというのは
細分化の本質ではない。

むしろ世界を捉えるスケールを規定した結果、
自然とその対象が選ばれたと言うべきだ。


ではなぜ物理では小さな世界を見るのか。


世界に存在する物質は
どれも共通の、いくつかの粒から出来ている。

だからこそ、それら数種類の粒について
仮に、完璧に理解出来れば

僕たちは世界のすべてを
説明できると言えないだろうか。


物理とは、"最小" についての理論から
世界を理解する試みなんだ。


物理を学べば、世界をもっとシンプルに捉えられる。

この世界は、20に満たない素粒子
それらに働くたった4つの力から出来ているからだ。


世界を理解する最小で最少の道具を持たないか。


6冊の本


芝居がかった大げさな言い回しと、
大きな身振り手振り。

話の内容もどこか信じがたい。


それでも、初回の授業で
僕は物理の世界に引き込まれた。


物理について語る先生の目には
一点の曇りもなく、


物理を学ぶことで、
世界をクリアに切り取る道具を持ってほしい。

本気でそう思っているのが伝わったからだ。


それ以降、僕は物理で捉えるような
客観的な世界以外でも

本質を捉えることを常に意識してきた。


僕の思考の根幹には、

常にシンプルに考えろ,
という彼の教えが今も息づいている。


その上で今まで出会った
たった6冊の書籍に基づいて

主観的に世界を切り取っている。

ここからはその6冊の話をしたい。


人間とエントロピー


物理の世界には
"エントロピー" という言葉がある。


しばしば "乱雑さ" と説明されるこの概念は、
物理を学んだ人でも理解することが難しい。


ただ、なんとなくの理解としては、
どれだけ混ざっているか、

どれだけごちゃごちゃしているかを
表現する尺度であり、

このエントロピーが自然と増える方向に
変わっていくのが世界の決まりである。


コップにコーヒーと牛乳を注いだとき
時間が経つとそれらは勝手に混ざる。

ただし、放置してもコーヒーと牛乳が
きれいに分割されることは無い。


そんなイメージで、
ごちゃっとする方にしか状態は変化しない。


では、人間において状態変化を支配する
エントロピーは何か。


僕は本能だと思っている。

本能に逆らうと小綺麗な理想論になりやすい。
一方で本能に従う道はごちゃっとしている。

そして人生は、大抵ごちゃっとする方に進む。


しかし本能はあまりに無意識に、
我々を支配するので

俯瞰して知覚することは極めて難しい。


今まで出会った本の中で

最も多角的に人間の本能について
書かれていた本がこの本だった。


足元を掴んで揺らす


普遍的な傾向についての話をしたので
次は "一般化" について考えたい。


理論などの一定の枠組みで世界を捉えることは
科学的な取り組みの核であり、

例えば大学での研究を思い浮かべると

その過程でデータを解析することは、
文理問わずほぼ必須の過程となる。


しかし、その解析がなぜ意味を持ち
化学的な妥当性を持つのかについては

議論が飛ばされていると感じる場面が少なくない。


化学とは一種の宗教である, とは言われるが

それが妄信にならないこと、
疑いの目を向け続けることもまた、

研究における必須の技術だと感じる。


ともすればその目は、今、眼前にある
この世界に向けるべきかもしれない。


2, 3冊目はそんな書籍である。


一般化に抗う


一方で過度に一般化することや
主観性を排除しすぎることは、

それ単体では極めて危険だと感じる。


色々なところから要素を拾い上げて
具体性が無い大きな枠に入れると、

満足いく解が見つかったように見え、

往々にして、個別具体的な事例の詳細を
省いていることに無自覚になるからだ。


中庸をとったつもりが
誰にもどこにも通用しない代物になった

というのは、
ビジネスにおいてよくある話である。


では、どうするべきか。

自分なりの答えは、
N=1の人間として、

まずは自分が "自分の人生" を
精一杯生きることである。

そのためには自分の中に毒を持つ必要がある。


芸術は爆発だ。


日本とは


そして、固有の人生を生きるにあたって
多大な影響をもたらすのは

自分が生まれ育った、
日本という国が持つ固有性であると思う。


諸外国、特に欧米と比較して
社会構造が議論されるケースが多いが

ここにも前提として疑うべき抽象化がある。

諸外国・欧米とは具体的に何で、
どの共通点を見て一括りにしているのか。


その意味で日本の社会について
多面的に分析し、基礎的な教養を持ち、

なぜ今こうなっているのか

これからどの方向に進む可能性が高いのか


これらに自分なりの主張を持って、
その中に自分の固有の人生を置く。

その姿勢を持つことは必須だと思っている。


これは一種の生存戦略であり、
「彼を知り、己を知れば…」というやつだ。


神の粒子


先に、人間の行動を支配するのは
本能だと述べた。

欲望と言っても良いかもしれない。


これはあくまで主観的な制約であり、
もっと客観的な制約も当然存在する。

その筆頭が重力である。


主観的に知覚する世界を形成するために
まずは自分について理解すること。

そして、自分の行動がどの要素から
促されているのか知ること。

こんな議論から出発し、


自分が信じているものを
疑う姿勢を持つこと。

一般化を妄信しないためにも
固有の生を全うすること。


ただし固有の生を独立させるのではなく、

周辺環境について理解した上で
環境との関わりの中に自分を置くこと。


こういった流れで最後に、

重力という、生と環境に対する
絶対的な制約条件について検討している。


生まれて以来、片時も離れることなく
付き合っているはずの重力について

なぜ発生するのか

一定の説明をできる人は
ほとんどいないのではなかろうか。



最後の書籍は、
その入り口に立たせてくれる1冊…


いや、正確には、

小さなころから
原子力分野の研究を志していた私の背を、

高校で出会った奇天烈な物理の先生と共に
押してくれた1冊だった。


世界とはシンプルが故に美しく、
複雑が故に面白い
のだと, 

そして誰かが書いた1冊の本が、
誰かの未来を変えることがある
と, 

そう教えてくれた。


広い世界を


ここまで見てきたように、

僕の世界は1人の教えと6冊の書籍から
多大な影響を受けて形成されている。

特に最後の本については思い入れが深い。


お話する機会があれば、
ぜひ好きな本について教えてください。

きっと読みます。


この世界と生きます.
atom.


P.S.


ちなみに今読んでいる本は以下で

積読をすこしずつ消費しています。
どれもおすすめなので是非!


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