【短編小説】魔法使いになりたかっただけ その4【連載】
『20XX年3月20日。初めて朝の通勤ラッシュというものに遭遇した。朝から買い物をするために新宿に出かけた時のことだった。新宿駅では午前8時ごろから9時ごろまでは一番人が多いと聞く。もちろんその人たちが使う電車は満員電車である。
実際乗ってみたのだが、あまりの人の多さに押しつぶされそうになりながらなんとか降車することができた。もうこれ以上人が乗ることができないように見えても、まだまだ乗れるスペースがあることに驚いた。と同時に人の多さに辟易したのも否定できない。
しかしそんな満員電車でさえも、私には苦痛に感じられることはなかった。誰もがそれぞれ何かしらの理由を持って電車に乗っている。満員電車には各人の思惑をパンパンに詰め込んで運んでいる。これは都会で生まれた知恵なのだろう。欲望を効率よく詰め込むための乗り物。そんな風に私の目には映った。
こんな体験今までできなかった……』
『20XX年12月6日。気づいたことがある。東京の交通ネットワークは素晴らしい。どんな場所にいてもある一定の時間をかけさえすればどこへでも行ける。そんなにも人間は時間を大切にするのか。時間を大切にするから便利さを求めるのだろうか。
……とすると、私はどうなんだろうか?……』
こんな感じで彼女の日記は続いていた。
そうか、彼女はこんな風に東京を感じていたんだ、と思わせるほど彼女の日記は彼女の心情が主だって書かれていた。
きっと彼女は、いろんな事を考えたのだろう。それをまとめきれなかったのだろうか。
ノートを「1」から順にパラパラめくっていくと、あることに気がついた。
だんだんとノートの番号が増えるにつれ、書く内容が少なくなってきている。初めの方には1ページを埋め尽くすほどに書かれていたが、三年目を過ぎた辺りから書く量がどんどん減ってきている。
さらに最初には『素晴らしい』『便利だ』『無駄がない』とよく使われていた表現が番号を増やすごとに使われなくなり、代わりに『良いとは思えない』『いささか不便だ』『無駄にしか思えない』という辛辣な表現が多発するようになった。
これでは地元にいた時と同じじゃないか、と少し安心した。かつて彼女が田舎にいた頃に言っていたこと、それと同じ匂いがしてきた。
全てのものが前時代的で不便なものに見えてしまう、昔の玲子とおんなじだ。ふふふ、と私の顔に笑みが浮かぶ。やはり私はこんな玲子が好きなのだ。
しかし、何故彼女はこんなものを送ってきたのか。
私には皆目見当がつかなかった。
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