アイルランドの異教的伝承「ブリクリウの饗宴」②(¶8~16)

私が翻訳したアイルランドの異教的伝承「ブリクリウの饗宴」(Fled Bricrenn)をここに掲載していきます。

【前回】


登場人物と用語の一覧はこちらにあります。適宜ご参照ください。


今回は前回の続き、宴会を前にして「毒舌」のブリクリウが奸計を巡らせ、アルスターきっての英雄たちに不和を生じさせ、自分が宴会の場に居なくても諍いが起きるように仕向け、そして実際宴会が始まるとすぐ〈英雄の分け前〉をめぐって喧嘩になってしまうくだりまでです。


¶8

エウィン・ウァハの〈英雄の分け前〉

ブリクリウは、どうすればアルスターの人びとの間に争いの種を蒔けるか思いを巡らせ、その間に彼のための人質がやってきた。彼が頭の中で考えをすっかり整理し終えたとき、彼はイリァッハの息子コナズの息子 ロイガレ・ブアダハの一団のところに行った。
「ごきげんよう、ロイガレ・ブアダハ」と彼は言った「ブレグ の激烈なる一撃よ、ミヂァ の破壊の一撃よ、赤き火の熊よ 、アルスターの若き勝利者よ!なぜエウィン・ウァハの〈英雄の分け前〉は常にあなたのものではないのでしょうな?」
「もしそれが俺のものであるべきなら」と彼は言った。「すでにそうなっているだろう」
「私があなたにエリゥの戦士達の王位をさしあげましょう 」とブリクリウは言った。「もしあなたが私の助言に従いさえすればですが」
「ならばそうしよう」とロイガレは言った。

¶9

「もし私の館の〈英雄の分け前〉があなたのものになれば、エウィン・ウァハの宴会における〈英雄の分け前〉は常にあなたのものとなることでしょう。私の館の〈英雄の分け前〉は争うに足るものです」と彼は言った、「これは馬鹿者の家の〈英雄の分け前〉ではありませんからな。広間にはアルスターの戦士達からもらった大桶があり 、フランク産のワインで満たされております。また、七歳になる猪がおりまして、ほんの子豚だったときからその口の中に入ったものといえば、春には乳粥と肉粥だけ、夏には乳のクリームと新鮮な乳だけ、秋には果実の中身と小麦だけ、冬には生肉と肉の煮汁だけでした。それに、耕作用の牛がおりまして、七年間ずっと健康でしたが、小さな子牛だったころから、食べたものといえば父のクリームと良い牧草と緑の牧草と穀物だけで、ざらざらしたものがその口の中に入ったことは一切ありません。はちみつに漬けて焼いた小麦のパン100斤もあります。大袋25個分の小麦を使ったんですよ。つまり大袋一つ分の小麦からパン4斤です。私の館の〈英雄の分け前〉はこのようにしておつくりしたのです」とブリクリウは言った。「アルスターで一番の戦士でいらっしゃるあなた様にこそ我が〈英雄の分け前〉はふさわしく、またあなた様にこそ召し上がっていただきたい。そして夕方、宴会の準備ができた時、あなたの戦車の御者に前に進み出させなさい、そして〈英雄の分け前〉はその者に与えられるでしょう」
「もしそうならなければ男どもは死ぬだろうな」とロイガレは言った。
するとブリクリウは笑い、これに対し満足した。

¶10

ロイガレ・ブアダハを煽り終えたので、 彼はコナル・ケルナッハの一団のところに行った。
「ごきげんよう、コナル・ケルナッハ」とブリクリウは言った。「あなたこそが勝利と闘争の戦士。アルスターの戦士達全員に勝利するあなたの戦いは見事なものでいらっしゃる。アルスターの者たちが敵国との境界に行くときには、浅瀬にいるあなたのところまでは三日三晩の距離。彼らが帰った後、あなたは彼らの後ろにいて彼らを守っていた、あなたを避けても、あなたを突破しても、あなたを飛び越えても、敵が彼らを見つけられないように。なぜエウィン・ウァハの〈英雄の分け前〉は常にあなたのものではないのでしょうな?」
もし彼がロイガレを大いに騙したというのであれば、彼はコナル・ケルナッハをその二倍騙したということになろう。

¶11

コナル・ケルナッハを満足いくまで煽った後、彼はクー・フリンの一団のところに行った。
「ごきげんよう」とブリクリウは言った。「クー・フリン、
 ブレグの英雄よ、
 リフィー川の輝く外套よ、
 エウィン・ウァハの寵児よ 、
 女たちと娘たちに愛される者よ。
クー・フリンという名は、今やあなた様にとって似つかわしい名前、なぜならあなた様はアルスターの自慢の男、奴らの大侵攻と戦争から守り、アルスター人みなの権利のために戦う。アルスター中の誰もできないことを、あなた様はお一人でなさり、エリゥの男たちみなが、誰をもしのぐあなたの勇気と腕前と戦功を認める。なぜあなた様は〈英雄の分け前〉をみすみすお譲りになさるのでしょうか、それを賭けてあなたと争える者などエーリゥには一人もいないのに?」
「それでは、俺は我らの民の誓うものに誓おう」とクー・フリンは言った。「俺に挑みに来るのは、頭のない男だろう」
その後ブリクリウはクー・フリンらと別れ、自分の軍勢を伴って現れた。まるで争いを煽動など全くしてなかったかのような様子で。

¶12

彼らは例の館に行き、ブリクリウの館の中、王とその息子、貴族、低位の貴族、若い男の間に、それぞれの寝椅子を確保した。館の半分をコンホヴァルとその周りに座るアルスターの戦士達が占め、もう半分をコンホヴァルの妻でありエハッハ・フェズリャッハの娘であるムガンとその周りに座る女たちが占めた。コンホヴァルの周り、館の前の方にいたのは次の男たちであった――
フェルグス・マク・ロイ
ケルトハル・マク・ウセハル
エォーガン・マク・ドゥルサフト
そして王の二人の息子、即ちフィアハ とフィアハイ
フェルグナ・マク・フィンホイミャ
フェルグス・マク・リェティ
クースクラズ・ミェン・マハ
その父シェンハ・マク・アリェラ
フィアハッハの三人の息子、即ちルスとダーリェとイムハズ
ムンリェマル・マク・ゲルギャン
エルギャ・エフビェール
アウォルギャニャ・マク・エギャディ
ミェン・マク・サルハザ
ドゥブザッハ・ドイル・ウラズ
フェラダッハ・フィン・フェクトゥナッハ
フェヂァルウミャズ・ヒラル・ヒェータイ
フルヴァヂャ・フェル・ベン
ロハズ・マク・ファセウォン
ロイガレ・ブアダハ
コナル・ケルナッハ
クー・フリン
コナン・マク・モルナ・コンホヴァル
エルク・マク・フェヂァルウシャ
イラン・マク・フェルグサ
フィンタン・マク・ニェール
ケセルン・マク・フィタン
ファフトゥナ・マク・シェンハザ
コンラ・サイヴ
アリャル・ミルチャンガ
ブリクリウ本人
そして他のアルスターの位の高い戦士達と従者の少年たちと音楽家たち。

¶13

宴が催されている間、歌い手たちと楽師たちが音楽を奏でた。ブリクリウが宴会に用意されたものを、飾りつけと一緒に見せているとき、ブリクリウは人質保証に基づき、ホールを去るよう命じられた。保証人たちは抜き身の剣を手にして、彼をホールから外に出すために立ち上がった。ブリクリウは館にいる従者とともにテラスに向かった。館の入り口から出ていくとき、彼は次のように言った。
「あそこに用意されてある〈英雄の分け前〉ですが、あれは馬鹿者の家の〈英雄の分け前〉ではありません。あなた方がアルスターの者の中で最も優れた戦士だと思う者に差し上げるとよろしいでしょう」そして彼はそれを後に残して去って行った。

¶14

給仕たちが料理を配膳するために立ち上がった。するとロイガレ・ブアダハの戦車の御者であるシェドラング・マク・リアンガヴラが立ち上がり、給仕たちに次のように言った。
「〈英雄の分け前〉をロイガレ・ブアダハに配れ。他のアルスターの戦士達よりも彼に権利がある」
するとイド・マク・リアンガブラ、コナル・ケルナッハの戦車の御者が立ち上がり、同じことを言った。ロイグ・マク・リアンガブラも立ち上がり同じことを給仕たちに言う。
「クー・フリンに配れ。〈英雄の分け前〉を彼に食べさせるのは、アルスターの者全員にとって何ら恥ずべきことではない。彼がこの場で最も優れた戦士だ」
「いいや、そんなことにはならない」とコナル・ケルナッハとロイガレ・ブアダハは言う。

¶15

彼ら三人は館の真ん中に立ち、盾と剣を手に取った。彼らは剣と槍の穂先で互いに切りつけたので、館の半分が切っ先のぶつかり合いから生まれる火花の閃光で満たされ、もう半分は盾の石灰から飛び出した白く輝く鳥で満たされたかのようだった。館に武器のぶつかる音が満ち、戦士達は震え、そしてコンホヴァル王とフェルグス・マク・ロイはこの我慢できない誤った行いを見て怒った。争い合う三人のうち二人が残りの一人に掴みかかっていたのである 。そしてアルスターの面々には敢えて割って入ろうとする者はおらず、ついにシェンハ・マク・アリェラがコンホヴァル王に「あいつらを引き離してください」と言った。なぜならば、コンホヴァル王こそは、このときアルスターの人びととともに居た、地上の神であったためである。

¶16

コンホヴァル王とフェルグスは彼らの間に割って入った。さらにすぐ彼らの腕が間に入った。
「私の要求に従え」とシェンハは言った。
「そうしよう」と彼らは言った。
「私の要求は次のようなものだ。あそこの〈英雄の分け前〉を今夜ここにいる全員に配り、その後コナハト国王アリル・マク・マーガハの決定を受け入れることだ。なぜなら、もしコナハト国王宮クルアハンで裁くのでなければ、このもめ事の調停はアルスターの者たちには難しいからだ」
その後、食べ物と酒が彼らに配られ、火の周りを巡って彼らに行き届き 、酔っぱらい、陽気になった。


【続く】

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