アイルランドの異教的伝承「ブリクリウの饗宴」①(¶1~7)

私が翻訳したアイルランドの異教的伝承「ブリクリウの饗宴」(Fled Bricrenn)をここに掲載していきたいと思います。

「ブリクリウの饗宴」は複数の写本に書かれており、それぞれバージョンが微妙に、あるいは大きく異なりますが、それらについてここで細かく示したりはしません。

また原テクストを載せてもあまり需要がないと思いますので、訳文のみを載せることにしたいと思います。訳稿では脚注で解説などをしておりますが、ここでは省きます。

「ブリクリウの饗宴」はパラグラフに分けて書かれており、全部で102のパラグラフがあります。本ノートではパラグラフ番号を示しつつ訳文を載せて公開します。

量が多いので、一つのノートにまとめるのは不可能だと判断しました。適当に分けて載せます。本記事では冒頭からパラグラフ7までを掲載しています。

太字の部分はテクストに最初から付されており、大雑把に章分けがなされています。

登場人物と用語の一覧はこちらにあります。適宜ご参照ください。


あらすじ
アイルランド五大国の一つ、アルスター国の貴族ブリクリウが宴会を開き、アルスター国の王コンホヴァルをはじめ、アルスター国の有力者を招く。ブリクリウは事前に三人の英雄たち、すなわちクー・フリン、コナル、ロイガレに、「あなたこそが〈英雄の分け前〉(その場で最も優れた英雄が食べる豚肉の一部位)にふさわしい」と言い含めており、宴会の場で争わせる。また彼らのそれぞれの妻にも同様のことを行い、彼女らは宴会の場に乱入し、大喧嘩を始める。この問題を解決するため、彼らは五大国の一つコナハト国に裁定を求めに行く。コナハト女王メズヴが下した裁定でも三英雄は納得せず、今度は五大国の一つレンスター国の王クー・ロイのもとを訪ねる。


今回は宴会の準備が整えられる場面と、ブリクリウがどういう人物か明らかになるくだりです。


ブリクリウの饗宴と、エウィン・ウァハの〈英雄の分け前〉と、
アルスターの女たちの口げんかと、クルアハン・アイへの進軍と、
エウィン・ウァハの戦士たちの契約の物語、ここに始まる。

¶1

ブリクリウの宴会と〈英雄の分け前〉の争いと英雄たちの契約

「毒舌」のブリクリウがアルスター国王コンホヴァル・マク・ネサとアルスターの全ての人に向けて宴会を開いた。その宴会の準備に彼は丸一年を必要とした。その後彼は宴会場として立派な家を建てた。彼はルドラッハの砦に、エウィン・ウァハの〈赤枝〉の館に似せて家を建てさせたが、この家は次のような点で、当時のあらゆる家より優れていた。すなわち材質と用いられた技術において、美しさと装飾において、支えの部分と正面において、放つ輝きと贅沢さにおいて、見栄えの良さと目立つことにおいて清掃の行き届きとドア枠とにおいて。

¶2

この館はタラの王宮の〈宴会の館〉のつくりに従って造られた。火の場所から内壁までの間に九つの寝椅子があり、それら全てが足三十個分の高さの、青銅製で金箔貼りの前面部を有していた。そしてこの館の前方には、コンホヴァル王のために王にふさわしい寝椅子がこの館全体の寝椅子より高い場所に置かれた。この寝椅子は色とりどりの宝石や貴石がちりばめられ、金や銀やあらゆる土地の宝石の色がきらめいていた。そのためそれが放つ光は昼も夜も同じであった。またその周りにアルスターの十二人の戦士達のための寝椅子が設えられた。それらのつくりとこの館をつくるのに用いられた建材はとても優れていた。六人一組がそれぞれの棟木を運び、七人一組のアルスター中の力持ちがそれぞれの屋根の建材の棒を置き、30人のアイルランド中の大工頭がそれらを作ったり組み立てたりした。

¶3

またブリクリウ自身の手により、コンホヴァル王と戦士達の寝椅子と反対のところに日当たりのよいテラスが作られた。次に彼はその部屋に装飾を施させ、様々な素晴らしい家具を置き、それぞれの壁にガラス窓をかけさせた 。そしてそのうちの一つはブリクリウ自身の寝椅子の上にあり、そのため彼はそこからこの大きな館全体を見渡すことができるのだった。なぜなら、ブリクリウは知っていたからだ。自分がその館の中にいることを、アルスターの男たちは許さないだろうことを。

¶4

こうして、ブリクリウが大きな家を建て、テラスを作り、布をかぶせられた家具や羽毛布団、枕、飲み食いのための雑多な道具が用意され、身の回りの道具と宴会の用意に足りないものがなくなったとき、ブリクリウはエウィン・ウァハのコンホヴァル王とその周りにいるアルスターの貴族たちのところへ向って行った。

¶5

その日はエウィン・ウァハでアルスターの人びとが集会を行っていた。彼は歓迎され、コンホヴァル王の隣に座った。彼はコンホヴァル王と他のアルスターの男たちに話しかけた。
「私と参りましょう」と彼は言った。「私が用意申し上げた宴会に参加するために 」
「よかろう」とコンホヴァル王は言った。「アルスターの者たちもそれでよければ」
フェルグス・マク・ロイ と他のアルスターの貴族たちが答えて次のように言った。
「我々は行きません。なぜなら、我々がブリクリウの宴会に参加しに行ったら、あいつが我々の間に諍いを起こし、我々のうち、生きている者より死んでいる者の方が多くなるだろうからです」

¶6

「でしたら、あなた方が来なかった場合、私がいたしますことは、あなた方にとって都合の悪いことになりましょう」とブリクリウは言った。
「ではそうなった場合、お前は何をするつもりだ。もしアルスターの男たちが来なかったら?」とコンホヴァル王は言った。
「そのときは、私は陛下と長たちと戦士達と地主たちを争わせ、お互いに殺しあわせましょうぞ、もしも彼らがわたくしめのご用意申し上げた宴会に酒を飲みに来ないというのならば」とブリクリウは言った。
「我々はそのようなことは決してしないつもりだ。お前のために」とコンホヴァル王は言った。
「私は息子と父親の間に争いを起こし、殺しあわせましょうぞ。もしそれが叶わなければ、娘とその母の間に争いを起こしましょうぞ。もしそれが叶わなければ、アルスター中の女たちの二つの胸の間に争いを起こし、お互いに殴り合わせましょうぞ。その結果その体が腐り果てますよう」と彼ブリクリウは言った。
「行った方が良いでしょうな」とフェルグス・マク・ロイは言った。「そうしないと彼の言ったことが本当のことになる」
「ならば少し話させましょう」とシェンハ・マク・アリェラ(アリルの息子シェンハ)が言った「アルスターの貴族たち数人に。もしそれでよろしければ」
「我々がそれについて相談しなければ」とコンホヴァル王は言った。「不運に見舞われそうだな」

¶7

するとアルスター中の貴族たちが話し合いに集まった。 その話し合いでシェンハが彼らにした助言は次のようなものであった。
「それでは、ブリクリウとともに行くしかないのだから、奴から保証となる人質を選べ。そして奴がその宴会とやらの様子を見せたらすぐに奴を追い払うために、周りに剣を持った者を八人置くのだ」
コンホヴァル王の息子フルヴァヂャ・フェル・ベンがブリクリウに話し合いの内容を伝える知らせを持って行った。
「よいでしょう」とブリクリウは言った。「そのようになさるのですね」
それからアルスターの面々は、それぞれの人が自分たちの王を囲み、兵たちは自分たちの小王を囲み、それぞれの隊は自分たちのリーダーを囲みながら、エウィン・ウァハを出発した。戦士達がブリクリウの館に行進していく様は美しく見事だった。


【続く】

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