アイルランドの異教的伝承「ブリクリウの饗宴」⑫(¶91~¶96)

え私が翻訳したアイルランドの異教的伝承「ブリクリウの饗宴」(Fled Bricrenn)をここに掲載していきます。

【前回】


登場人物と用語の一覧はこちらにあります。適宜ご参照ください。


今回は、エウィン・ウァハの〈赤枝〉の館に突如現れた大男が、アルスターの英雄たちにある挑戦をする場面です。これが最後の章になります。


¶91

英雄たちの盟約、以下に語らる

ある時、アルスターの人びとは、エウィン・ウァハでの集会とそれに伴う競技会の後で疲れていた。コンホヴァル王とフェルグス・マク・ロイとその他の貴族たちは会場の平原から戻り、コンホヴァル王の〈赤枝〉の館で席に着いた。この夜、クー・フリン、コナル・ケルナッハ、そしてロイガレ・ブアダハは不在だった。しかし、アルスターの戦士はほとんどが出席していた。その日の日が沈むころまで彼らは〈赤枝〉の館におり、そしてとても背の高い恐ろしげな風貌の粗野な男が、館の中を彼らに向かってくるのが見えた。彼らにはこう思われた、アルスターに戦士はあの男の半分も背丈がある者はいないと。その男の外見は恐ろしく、また醜かった。古びた獣皮を上半身にまとい、黒褐色のマントをその上に羽織っており、大きなもじゃもじゃ頭で、その体の大きさは、一歳子の仔牛が三十頭も入れる冬用の家畜小屋ほどもあった。その頭にはまった黄色い目は英雄のように鋭く、両の目は頭から、大人の雄牛がすっぽり入れる大釜くらいも飛び出していた。指の一本一本は、他の者の腕と同じくらい太かった。その左腕は丸太のようで、雄牛二十頭もの重さであった。一方右手には斧が握られており、それは五十個の三倍の塊の金属でできていた。その斧は農夫が六人がかりでないと運べないほど重かった。そしてそれは髪の毛を切る風のように鋭かった。

¶92

その粗野な大男は斯様な姿であるため、炉の傍の梁の高さに顔があった。
ドゥブサッハ・ドイルチェンガズは大男に言った。「この館はあんたにとっては狭いようだな。梁が目の前の高さにある以外の場所が見つけられないとはな。あるいはあんたはこの館の蝋燭立ての役になりたいということなのか? この館の召使に灯りを渡したいのではなくてこの館を燃やしたいと思っているのでなければ、だが」
「実際にもしこれが俺の仕事なら、」と大男は言った。「どれだけ俺が大きくても、恐らくお前らは認めるだろう、召使が持つろうそくの明かりは全部等しくなり、家は燃えないということを」

¶93

大男は言った。「だがそれは俺の仕事ではないし、それ以外の仕事がある。俺がここに来たのは、このことについて約束を守る男が一人も見つからなかったからだ。エーリゥでも、アルバ*でも、ヨーロッパでも、アフリカでも、アジアのギリシアとスキタイまでの地域でも、オークリーの島々でも、ヘラクレスの柱*でも、スペインにあるブレゴンの塔*でも、ガデスの島*でも。お前たちアルスターの連中は、この地のあらゆる戦士達よりも、恐ろしさ、勇敢さ、武勇に関して、尊大さ、自尊心、名誉に関して、正しさ、気前の良さ、能力に関して優れている。だから俺はお前たちの中から俺のこの挑戦に答えられるやつを見つけたい」

* アルバ=ブリテン島
* ヘラクレスの柱=ジブラルタル海峡の岬
* ブレゴンの塔=神話的偽史「侵略の書」に登場する男ブレゴンがスペインに建てた塔
* ガデスの島=カディス。スペイン南部、ジブラルタル海峡付近にある島。

¶94

フェルグス・マク・ロイが答えた。「我々の中に名誉を保とうとする男がいるためにエーリゥ五大国の名誉が地に落ちることなど、真実にあらず。そして疑いなく、その者がお前より死に近いなどということは、あるわけがない」
「俺がここにいるのは、死を避けるためではない」と大男は答えた。
「我々にお前が課す挑戦とやらを教えてみろ」とフェルグス・マク・ロイは言った。
「もし俺と一対一の勝負をすると約束するなら、言ってやろう」と大男。
「しかし一対一の戦いは当然ではないか」と言ったのはシェンハ・マク・アリェラ。「お互いをよく知る大軍勢が見知らぬ一人の者を囲んで攻撃するのは正々堂々ではない。それに我々にはこうも思われる。今この時、お前の眼鏡にかなう男がこの場で見つかるであろうと」
「コンホヴァルとは戦わない」と大男は言った。「王だからだ。そしてフェルグス・マク・ロイとも戦わない。王と同じような地位だからだ。そしてその二人以外の誰であろうと、可能なものあらば。その者を前に出せ。私が今夜その者の頭を切り落とす。そして明日の夜、その者が私の頭を切り落とすのだ」

¶95

「確かなことは、あの二人に次ぐほどの者はこの場にはいないということだ」とドゥブサッハが言った。
「きっといるはずだ」とムンリャウァル・マク・ゲルキャンが言った。ムンリャウァルは〈赤枝〉の館の床の上で飛び跳ねた。この男、ムンリャウァルの力は、百人の戦士に匹敵し、二本の腕それぞれの力は百頭の初子の仔牛に匹敵した。
「来い、大男よ」と彼は言った。「今夜俺がお前の首を落とし、明日の夜お前が俺の首を落とせ」
「それが俺の望みであったならば、どこであろうと見つかったであろうよ」と大男。「我々が決めたようにやろうではないか。俺が今夜お前の頭を切り落とし、お前は明日の夜お返しに俺の頭を切り落とすことにしよう」
「俺は俺の部族の誓う神に誓おう」とドゥブサッハ・ドイルチェンガは言った。「どうやらお前は死にたくないらしいな。お前が今夜殺す男が明日お前に報復すると言うのか。お前は、毎夜殺されては次の日に殺し返すという魔法が使える唯一の人間だ。もしそんなことができればの話だがな」
「ならば、お前たち皆が言うこと、そしてお前たちが驚くことを、やってやろうではないか」と大男。
大男はムンリャウァル以外の者たちに、彼が明日の夜自分と会うならば、正々堂々の勝負を行うと誓った。

¶96

すぐにムンリャウァルは大男の斧を手に取った。斧の二つの刃と柄の間は、人間の足三十個分もの長さがあった。そして大男は首を首切りのための台に乗せた。ムンリャウァルは斧を首にめがけて振り下ろし、斧の刃は台まで達した。首は梁の近くまで跳んでいき、館中血まみれになった。
大男はすぐさま立ち上がり、頭と首を乗せた台と斧とを拾い集め、館の外へと出て行った。首の切断面から流れ出す血で、〈赤枝〉の館のいたるところがいっぱいになり、館にいるアルスターの面々は、目の前で起こった出来事のあまりの恐ろしさに、一人残らず震え上がった。
「俺は俺の部族の誓う神に誓おう」とドゥブサッハ・ドイルチェンガズが言った。「もしあいつが今日死んで明日の夜来るのならば、あいつは我々を誰一人生かしたままにはしないだろう」
翌日の夜、大男は戻ってきて、ムンリャウァルは逃げてしまった。そして大男は自分に対して交わされた約束が履行されないことを非難し始めた。
「ムンリャウァルが俺との契約を履行しなかったのは正しいことではない」


【続く】

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