アイルランドの異教的伝承「ブリクリウの饗宴」③(¶17~24)

私が翻訳したアイルランドの異教的伝承「ブリクリウの饗宴」(Fled Bricrenn)をここに掲載していきます。

【前回】


登場人物と用語の一覧はこちらにあります。適宜ご参照ください。


今回は、アルスターの三人の英雄の奥さんたちにブリクリウがまたしても一計を案じ、女性たちの間にも不和を起こします。


¶17

アルスターの女たちの口げんか

ところで、ブリクリウとその奥方はテラスにいた。彼の寝椅子からは館の中が、まるでその中にいるかのように見えていた。彼は頭の中で熟考した。どのようにすれば、男たちの間にそうしたように、女たちを争わせられるかを。
その後、どのようにやるかをブリクリウが頭の中で整理し終えた時、唐突なことに、フェヂァルウ・ノイフリヂェ が50人の女たちを伴って館から出てきた。彼女らが大量の酒を持っていたのをブリクリウは見た。
「ごきげんよう、ロイガレ・ブアダハの奥様。フェヂァルウ・ノイフリヂェという名もあなた様に似つかわしい名前、なぜならあなた様はお美しく、賢く、血筋もよろしくていらっしゃる 。エーリゥの五大国の王コンホヴァルがあなたさまのお父上、ロイガレ・ブアダハがあなたさまの御夫君。しかし私はその名が過ぎたものとは思いませぬ。アルスターの女は〈蜂蜜酒の巡る館 〉では誰もあなた様の前を歩きませぬ故に。そして全てのアルスターの女たちがあなたの従者であるべきが故に。あなた様が今夜館の中で先頭を歩かれれば、アルスターの女たち全ての上に君臨する女王の座を永遠にお楽しみになることでしょう」
するとフェヂァルウは彼のもとから館の三つの城壁を越えて行ってしまう。

¶18

すると、エォーガン・マク・ドゥルサフトの娘にしてコナル・ケルナッハの妻のレナヴァルが外に行くのである。再び、ブリクリウは彼女に話しかけ、こう言った。
「ごきげんよう、レナヴァル。レナヴァルという名はあなた様に似つかわしい名前。あなた様はこの世で一番の女性で、世界中の男たちに愛されるお方。なぜならあなた様は聡明でそして高潔なお方。あなた様の御夫君が勇猛さと美しさで世界中の戦士より優れていらっしゃる限り、あなた様もまたアルスターの女たちより優れていらっしゃる」
もし彼がフェヂァルウを大いに騙したというのであれば、彼はレナヴァルを同じようにその二倍騙したということになろう 。

¶19

そのときエウェルが50人の女たちを伴って外に行くのであった。「ご息災で、フォルガル・モナッハの娘エウェル」とブリクリウは言った。「エーリゥ最強の男の奥様。エウェル・フォルドゥハイン という名はあなた様に似つかわしい名前。なぜならあなた様こそエーリゥの諸王がめぐって争うお方。太陽が空の星の上にある限り、あなた様は世界中の女どもより優れていらっしゃる。姿と形と血筋とにおいて、若さと賢さと気高さにおいて、名高さと洞察力と話術において」
もし彼が他の女たちを騙したというのであれば、彼はエウェルをその二倍騙したということになろう。

¶20

三つの女たちの集団は彼の許から一つの場所へ、すなわち館から城壁三つ分離れた場所へ行く。そして彼女たちの誰も、ブリクリウに煽動された他の者たちのことを知らなかった。すると彼女たちは館へ向かって来る。最初の城壁を越えていく彼女たちの歩く様子は、美しく、厳めしく、しっかりした足取りだった。しかしその足運びはおぼつかなかった。二番目の城壁では、その歩幅は小さく、せかせかしたものになった。この館で最も目立つ土塁を超えるとき、このようにどの女もお互いをなんとしてでも追い抜こうとするのである。そして館に一番に入ろうとしているために、上着がめくれ上がって尻が見えてしまっていた。彼女たちがこんな様子なのは、ブリクリウがそれぞれに対して、他の者がいない間にこう言ったからである。館に最初に入った者が、エーリゥ五大国全ての女王となるだろう、と。

¶21

「待て!」とシェンハは言った。「あの者たちは敵ではないが、ブリクリウが外にいた女たちの間に争いの種を蒔いたのだ。我らの民の誓うものに誓って言うが、もしこの館にあの女たちを入れたら、我々のうち生きている者より死んでいる者の方が多くなるぞ」
門番たちがすぐに門を閉める。フォルガル・モナッハの娘にしてクー・フリンの妻エウェルが、他の女たちよりも素早くたどり着く。彼女たちを置き去りにすべく、そして彼女たちの誰よりも先に門番たちに話しかけるべく。すぐに館の中で彼女らの夫が立ち上がった。どの男も、自分の妻が館にたどり着くようにするため、門を開いた。
「ひどい夜になりそうだ」とコンホヴァル王は言った。彼は、男たちに着席を促すため、寝椅子の青銅製の柱の上の銀の釘を打つ。
「待て!」とシェンハは言った。「ここで行われるのは、武器を用いる戦いにあらず。言葉を用いる戦いである」
すぐに他の女たちも夫に守られて入って来た。そして、アルスターの女たちの口げんかが始まった。

¶22

ロイガレ・ブアダハの妻、フェヂァルウ・ノイフリヂェがこう言った。
「我が生まれは高貴なる者の胎(はら)、我が血筋は等しく高貴なるもの
 私は王と王妃の体から生まれ、生まれついての美しさ
 だから私の美しさは人を喜ばせ、私の名を世に知らしめる。
 私の美しさはフェーニ(アイルランド)の美しさと同じほどに広く知れ渡り、私は貞淑な女に生まれた
 狼のような褐色の手をしたロイガレ
 たくさんの勇敢な戦功を、彼はアルスターのために成し遂げるでしょう
 かの力強き戦士は隣国との境界を守るでしょう、アルスターの者たちの助けなく。
 ロイガレ・ブアダハは彼らを守り、彼らのために戦う
 どんな戦士よりも名高いロイガレ
 あらゆる戦士をしのぐ戦功。
 なぜどの女よりも先にあの目出度き〈蜂蜜酒の巡る館〉に足を踏み入れるのが、
 この誰よりも美しきフェヂァルウ・フィンホイム でないのでしょうか?」

¶23

エォーガン・マク・ドゥルサフトの娘にして、アウォーギャンの息子コナル・ケルナッハの妻、レナヴァルは次のように言った。
「この美しく、賢く、装いも美しい私こそが
 王たちの〈蜂蜜酒の巡る館〉に、アルスターのどの女よりも先に
 優雅に歩み入るべきなのです。
 そして我が愛しき背、丈高き勝利のコナルこそ
 激しい戦いの最前線へ、誰よりも先に
 賛美の拍手を受けながら、誇り高く踏み入るべきなのです。
 優美に彼は向きを変える、勝利と敵の首級を伴って
 アルスターの固い戦士の盾を持って。
 彼は全ての浅瀬を守る。だから全ては彼の意志
 彼がアルスターの浅瀬を守り、戦うのは。
 かの対話するアウォーギャンの俊敏な息子に挑む戦士は
 己の墓石の前に居ることになるのです。
 コナルこそ、どの戦士よりも多くの戦功を持つ者です。
 なぜ、どの女よりも先に王たちの館に入るのが、
 見る者の片目が潰れるほどに輝く、このレナヴァルでないのですか?」

¶24

フォルガル・モナッハの娘にしてクー・フリンの妻であるエウェルはこう言った。
「私には威厳が、美しさが、知性が、洗練された服装が、活力が、誇るべき貞淑さが、あるのです。
 だから、あらゆる美しさは私と比べて判断されるのです。
 誰もが私の美しい目をじっと見つめます 。
 見目の良さも、体の均整も、服装も、
 知性も、寛容さも、貞淑さも、
 高貴な寝椅子の愛の情熱も、
 感情も、私を除いては、存在もしていませんでした。
 私の周りでアルスターの者はみなため息をつきます
 私こそ彼らが最も愛するものです。
 明らかなのは、もし私が不貞を働こうものなら
 どんな女も丸一日、自分の夫とともにいられないということです 。
 クー・フリンが私の夫です。弱い犬 (cú) ではありません。
 槍に血の滴をつけ
 剣に血の泡をつけ
 その体は血に染まって美しく
 その美しい肌には傷
 その脇腹には傷。
 その瞳は頭の中で後ろに大きく動き
 顎は苦痛に身をよじり前に突き出ます 。
 その瞳はとこしえなる赤色
 その戦車の車輪のふちは全体が赤色
 その戦車の敷物は深い赤色 。
 彼は馬の耳と男たちの息のために戦い
 槍の穂先の上で「英雄の鮭跳び 」をします 。
 彼は〈暗い色の技〉を、〈盲の技〉を、〈鳥の技〉を成し遂げ
 水のしぶきを跳ね上げ 、〈九人の技〉を成します。
 彼は命がけの戦いに勝ち
 世界中の精強な戦士達に法を敷き
 〈氷の船〉の恐怖を打ち破ります 。
 彼は眠りの中に衰弱する者
 それは円い崩落の地獄の罪 。
 アルスターの男たちが陥るのは、女たちの分娩の状態です、
 我が夫、クー・フリンを除いて、
 さながら明白なる血の陣痛の地獄 。
 かの者らは汚らしく、不潔であり
 肌はガサガサで赤茶け、
 その動作は騒々しく、牛の様な姿になるでしょう。
 雌牛と馬のような姿で
 アルスター中の女たちは座るのです、私を除いて」


【続く】

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