アイルランドの異教的伝承「エウェルへの求婚」(アルスター物語群)⑤:¶42~55

私が翻訳したアイルランドの異教的伝承「エウェルへの求婚」(Tochmarc Emire) をここに掲載していきたいと思います。

【前回】


今回は、クー・フリンとエウェルの謎めいた会話をクー・フリン自らが解説する場面の後半です。ここで言及されているのは、¶17と¶28のやり取りです(エウェルへの求婚②参照)。掛け詞や言葉遊びが多いので、そのような個所ではスペルを載せてあります。


クー・フリンが謎めいた会話を説明する(続)

¶42
俺が間を通って来たと言った王とその妻とは、かのクレチャッハとフェーシェだ。なぜならば、王というのは猪の名前であり、大きなトゥアスの首長である。さらにクレチャッハは戦闘用の使いやすい槍だ。またフェーシェは大きな雌豚で、猪の夫と妻。そして猪と雌豚の間を俺たちは通ってきた。

¶43
俺が間を通って来たと言った女神アヌの王とその従者とは、我々が通って来たケルネの地だ。その名前は昔からシー・キーリャニという。ケルネは彼がその挑戦を突き刺した(?)時からその地の名前となった。すなわちその丘(すなわちシー)に住む女神アヌの王エンナ・アグニャッハ・ケルナズである。そしてその東で自分の家令を刺し殺した。その名前は、ケルネのラース・グニアズ砦から名づけられて以来ずっとグニーアエという。エウィンの息子の王の上のゲシェの上でエンナはそうした。ゲシェとケルナズの間には強い友情があったからだ。

¶44
俺が言った〈デアの馬の洗い〉(Toinge Ech nDéa) 、それはかのアンゲ (Ainge) だ。トンゲ、すなわち〈デアの馬たちの荒い〉が最初はその名前であった。なぜならば、〈マグ・トゥレドの戦い〉で落ちぶれてから最初にデアの男たちが自分たちの馬を洗ったのが、そこだったからだ。アンゲ(すなわち「強い」)という名前は、その後トゥアサ・デー・ダナンがそこで自分たちの馬を洗ったことから名づけられた。

¶45
俺が言った〈世界の四隅の豊穣の食料庫〉(Mannchuili cetharchuili) 、それはかの〈袖〉(Muinchille)だ。ブリウグのマナッハがいたのがそこだ。また、レンスター出身のフィアフ・フォブリックの息子ブレサル・ブリックの治めるアイルランドで、牛の病気が大流行した。ゆえにマナッハ(すなわちproprium uiri)は大きな建物を地面の下に造り、そこから〈豊穣の食料庫の上半分〉という名前がついた。また疫病に備えてその中に倉庫が造られた。それから彼は7年間にわたり24人の夫婦と王を楽しませた。〈豊穣の食料庫〉(Mannchuili) とは〈豊穣の食料庫の上半分〉のマナッハ (Mannach) の食料庫 (cuile) である。

¶46
俺が言った〈大いなる罪〉(Ollbine) とはアルビネ (Ailbine) だ。マンスター出身のリグドンの息子ルアドという、素晴らしき王がアイルランドのこの地にいた。彼は外国人についての話し合いをもうけた。彼は三艘の小舟でアルバの地を南から回ってその話し合いに赴いた。それぞれの小舟には30人が乗っていた。その船団は海のただなかで下から釘づけにされて動かなくなってしまった。宝物や財宝を海に投げ入れても彼らは動けるようにならなかった。何が彼らを留めているのか見に海の下に誰を行かせるかを決めるために、彼らの間でくじが投げられた。くじは王自身に当たった。リグドンの息子ルアド王は海に飛び込んだ。彼はすぐに海に消えた。彼は大きな平原に降り立った。彼はそこで9人の美しい女性に出くわした。彼女たちは彼に言った、彼がここに来るようにするため、彼女たちが船を釘づけにしていた、そして一晩に一人ずつ、9夜をともにすれば彼に9艘の金の船を与える、と。彼はそのようにした。一方そのころ、彼の部下たちはその女たちの力に対抗して船を動かすことができずにいた。彼女たちの一人が言った、私はあなたの子を孕んでおり、あなたに子を産み、そして彼は子供のために彼女たちのところに戻ってくるだろうと言った。彼は臣下とともに戻り、遠征の途に就いた。彼らは7年間ともにいた、そして別の道で戻って行き、最初の場所に近づかなかった、アルビネの河口に上陸するまで。女たちが彼らに追いついたのはそこだった。男たちが船を入れている間、彼らは青銅製の船の中で歌を聞いた。女たちが陸地に上がってきたのはそこだった。そして彼女たちは自分たちの間から男の子を前に立たせた。その岸辺は岩がちだった。すると男の子は岩に向かって行き、岩にぶつかって死んでしまった。女たちはそれを見、皆叫んだ、「大いなる罪、大いなる罪 (Ollbine)」と。そしてこのためにこの地はアルビネと呼ばれるのである。

¶47
俺が言った〈大いなる宴会の残骸〉、それはあのタルネだ。〈マグ・トゥレドの戦い〉の後、ルグ・スキマッハがエスネの息子ルグのための大宴会を、彼を慰めるために開いたのがそこだ。なぜならばそれは彼の戴冠式の祝宴だったからだ。なぜならば、ヌァザ亡き後、トゥアサ・デー・ダナンがこのルグを王としたからだ。そのゴミを捨てた場所、彼はそれらから大きな丘を造った。その名前は〈大いなる宴会の丘〉または〈大いなる宴会の残骸〉であり、今日のタルネである。

¶48
「テスラの甥の娘たちへ」とは、すなわちフォルガル・モナッハ、フォウォーレ族の王テスラの甥、すなわち彼の妹の息子。なぜならば妹の息子と強壮な戦士はどちらもゲール語でniaというからである。

¶49
俺がお前の前で言った自己紹介。ロスという地に二つの川が流れていて、一本の名前はコンホヴァル、もう一本はドフォルト(「禿げ頭」)という。そしてまたコンホヴァルはドフォルトに流れ込み、混ざりあい、一つの流れとなる。俺も甥 (nia) だ」と彼〔訳注:クー・フリン〕は言った、「この男、即ちコンホヴァル王の。というのも、俺はコンホヴァル王の妹デヒティリャの息子だからだ。あるいは俺はコンホヴァル王の強壮なる戦士 (nia) だからだ。

¶50
バズヴの森でというのは、すなわちモーリーガンの森だ。なぜならばそこ、すなわちロスは彼女の森であり、そして彼女は戦のバズヴであり、ニェードの妻と呼ばれるのは彼女である。彼女は冷たき戦の女神、ニェードと戦の神とは同じものである。

¶51
俺の名前だと言った、「俺は犬をしばしば襲う病の英雄だ」というのは、これは真実だ、なぜならば獰猛さと不屈さは犬を襲う病だからだ。俺は英雄だ、なぜならば俺はその病の強き戦士だから、すなわち俺は戦と決闘とで不屈で獰猛だからだ。

¶52
俺が「あの高貴な軛の平原は何と美しいんでしょう」と言った時、その時俺が賞賛したのは〈ブレグの平原〉ではなく、あの乙女〔訳注:エウェル〕の姿形だ。服の襟から俺が見た彼女の二つの乳房という軛ゆえに、そしてあの乙女の胸に向かって「高貴な軛の平原」と俺が言ったのはそれに対してだ。

¶53
彼女が「銀 (argat) を殺したことがないような人は、この平原に一人も来たことはありません」と言ったとき、それはすなわち詩人の言葉では「100人 (arcat)」だ。それが解釈であり、これがそれの意味するところだ。すなわち、その娘を連れて駆け落ちするのは簡単ではないだろう、アルビニからボアンまでの全ての浅瀬で、100人の戦士を殺さないうちは。彼女の父親の妹であるシュケンメン・モナッハを含めて。彼女は俺の戦車を壊し、俺の死をもたらすために、あらゆる姿に変身するだろう」とクー・フリンは言った。

¶54
「彼女が言った「醜い化物」。すなわち、彼女は俺とともには来ないだろう、俺が足元から三つの塁壁を越えて彼女のもとへ届く〈英雄の鮭跳び〉をするまで——なぜならば、彼女を守る三人の兄弟がいるからだ。それはイヴル、シュキヴル、カット。そしてそれぞれが従者とともに9人組になっている——そして9人の一人一人に一撃を——そのうち8人を殺し、しかしその中にいる彼女の兄弟は殺さないような一撃を——見舞うまで、そして俺が彼女と彼女の乳姉妹と、さらに彼女らと等しい重さの金と銀を、フォルガルの軍勢の中から運び出すまでは。

¶55
彼女の言った、「スアン・メック・ロシュクミルクの角」、それは次のものと同じだ——俺が眠ることなく敵を殺し続けるサウィン (samuin) から——すなわち、夏の終わり (sam-fuin) から。というのは、かつて一年は二つに分けられていた。ベルティネからサウィンまでの夏と、サウィンからベルティネまでの冬だ。あるいは、サウィン (sam-fuin) とは「夏の眠り」(sam súain) 、すなわちそこで夏は眠りを放つゆえに「穏やかな音」(sam-són) というのだ。
オイウェルグまでとは、春の始まり、狼たち (folc) に対する囲い、春の大雨 (folc) と冬の大雨までだ。あるいはオイウェルグ (oí-melc) というのは、oíは詩人の言葉で「羊」を意味する名詞で、それから「羊の死」(oíba) という言葉がある。「犬の死」をconba、「馬の死」をechba、「人の死」をduinebaと言うように、baが「死」を表す言葉だ。そしてまたオイウェルグとは乳が羊の中に入り、羊が乳を出す季節で、そこで雌子羊 (oisc) 、すなわち乳の出ない羊 (oí sesc) という言葉がある。
ベルティネ (beltine) までとは、bil-tine 、すなわち「良き火」の時までだ。その火というのは、年ごとにドルイドたちが大いなる呪文を唱えながら起こし、病(から防ぐ)ために牛たちに通らせた、二つの火のことだ。あるいはbel-dineまで、すなわちベル (Bel) とはドルイド達の神の名前で、人びと (díne) が牛を全てベルに差し出したのである。「ベル・人びと」(Bel-díne) が後のベルティネ (beltine) となったのだ。
ブローン・トロガン (brón trogain) までとは、ルグナサまで、すなわち秋の始まりまでだ。なぜならば、その時期トロガンは嘆き悲しむ、すなわち大地が果実の下になる。トロガン (trogan) は「大地」を意味する。


補足:ケルト・アイルランドの暦
11月1日:サウィン。一年の始まり。後のハロウィーン。現世と異界との境界線が消え、使者や怪物が跋扈するため、仮装する風習がある。
2月1日:インボルグ、あるいはオイウェルグ。家畜が乳を出し始める季節。詩、家畜などの女神ブリギッドの祭り。
5月1日:ベルティネ、英語読みしてベルテーヌ。家畜を火で浄化する。
8月1日:ルグナサ。クー・フリンの父でもある英雄神ルグの祭りで、収穫祭。
これら四つの祭りは春夏秋冬の季節の節目であり、これは農耕と牧畜の活動の節目に当たっている。さらに詳しくは『ケルト事典』(木村正俊・松村賢一編、東京創元社、2015年)のp.109ff参照。


【続く】

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