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小説「光の物語」第50話 〜胎動9〜

ベーレンス夫人が退室した後、アルメリーアはふっと息をついて椅子の背にもたれかかった。
宮廷の風紀を守るのも自分の役目だが、厳しい言葉を告げるというのは辛いものだ。


「妃殿下、ご立派でございました」
「まことに」
まわりの女官たちは、毅然と役割を果たしたアルメリーアを口々に称賛する。
アルメリーアは苦笑いを浮かべ「これも務めとはいえ、気持ちのいいものではないわね」と呟いた。


「そうだわ・・・ナターリエ嬢はまだサロンにいて?」
アルメリーアの問いに、女官の一人が「もう下がられたようです」と答える。
母親にいびられていた令嬢のことが気になるが、今はどうしようもないようだ。
アルメリーアは立ち上がり、
「なんだか疲れてしまったわ。少しお庭に出ます」
と女官たちに告げた。



春めいてきた陽射しの中、薄い水色の空を見上げる。
大きく息を吸い込むと、室内にいたときの息づまる気分が晴れていくようだった。
「そろそろ見頃になりそうね」
結婚の際に夫から贈られたバラ園をアルメリーアは嬉しそうに眺める。
「楽しみでございますね」
彼女につき従うばあやも、手入れの行き届いた庭に心をなごませていた。


バラ園を過ぎると、人の背よりはるかに高い植え込みが複雑に配された庭園が広がっている。
二人がそこにさしかかった時、どこからか男女の話し声が聞こえてきた。


「・・・もう泣かないで」
「私はだめ・・・あなたがいらっしゃらないと・・・」
「可愛いことを・・・」


はっきりとは聞き取れないが、どうやら恋人同士の会話のようだ。
邪魔してはと思ったその時、その場を離れるらしい男の足音が耳に入る。
アルメリーアとばあやはとっさに植え込みのかげに身を隠した。


少し離れた植え込みの間から現れたのは、見覚えのある男だった。
ちょっと目を引く容貌の、すらりと背の高い青年。
あれは・・・先日ディアルから紹介された砲兵隊長の従者。


男はあたりに人がいないのを確認すると、きびすを返して庭園のむこうに姿を消した。
しばらく間を置いて、青年が出てきたと同じ場所から軽い足音が聞こえてくる。


足音の主は、少女らしい頬に涙のあとを残したナターリエだった。



胎動 10へつづく


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