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羊のいる学校【ショートショート】

「のんびりとほがらかに」

正門にかかった横断幕は、そっくりそのまま、わたしの通う小学校を表している。

飼っている豚が、芝生の上でごろごろしているし、猫や犬がジャングルジムや、砂場で遊んでいる。

苔むして緑色になったプールには、今年の夏休みに男子が捕まえてきたスッポンが首を突き出して、のんびりと泳いでる。夏になったら、どうするんだろうとちょっと心配だ。

「ももちゃん。おはよ~」女の子なのに、黒いランドセルは、おにいちゃんのおさがりだという。いつもながら少しだけ羨ましい。

「おはよ。みほちゃん」ここの学校の人はみんな、のんびり喋る。きっと風船だってふくらませられない。一気にいきをいれられないだろうから。わたがしなら作れそうだ。

「せんせいがきょうは、羊の世話で朝の会遅れるんだって~」先生まで、のんびりしている。私立の小学校へ通うために、引っ越ししてった友達の話を聞くと、そんなことはありえないんだという。

「また?もうしっかりしてほしいよ」

「いいじゃん。これから見に行こうよ~」

わたしたちの学校は、一クラスに一匹ずつ動物を飼っている。うちのクラスは羊で、二頭飼っている。一頭だとストレスで死んでしまうのだそうだ。あきれるくらいのさみしがりや。

「せんせ~い。おはよ~」

「おお、みほにもも。ちょうどいいところに来てくれた。メエとメイを連れてくの手伝ってくれ」は~い。嬉しそうにランドセルを投げ出してみほちゃんがメエの首輪の紐を持つ。仕方なく、わたしも、メエのお尻を後ろからおしてやる。ちょっぴりうんちのにおいが付いている。

「おならかけられないように気をつけろよ~」もうわかってます。ひもを引っ張る方がアタリで、お尻を押す方はハズレ。ちょっとだけ、ももちゃんにはらが立ったけど、本人は悪気がないのだから仕方ない。

「あ・る・こぉー。あ・る・こぉー。わたしはっ・げんきー。メェ~。あるくの・だいっすきー。どんどんい・こ・おー。メェ~」メエは子どもなんだ。しっぽなんかパタパタさせて、お尻をフリフリしてる。

「メエはホントに歌が好きだなー。メイの方は、ぜんぜんきょうみなさそうだけど」メイの方がよっぽどなってると思う。

学校の裏道を登ってゆくと、牧草地が広がっていて、そこで牛を飼っているおじさんにあずけに行く。

「ブルルル」隣で先生が引っ張るメイは、今日もふきげんそうだ。そりゃそうだ。メイはもう12歳で大人だ。わたしと同い年。こんな子どもの歌を聞かされて、だれかに引っ張られて、嫌になっちゃう。

✒ ✒ ✒

朝の会はほとんどつぶれて、一日が始まる。

授業はいつもの通りちっともすすまない。もう、だいぶ先までやってしまってるから、授業中はいつも本を読んでいる。みんなは、昨日もやったところをうんうん悩んで問題をといている。

「昼休み、メエたちのところ行こうよ♡♡」

ハート二つのなかに、みとほが並んだノートの切れ端を渡される。

「(ぜったいだよ)」

前の席なのに、だいたんにふりかえってウインクまでつけてきた。

「(はいはい)」ことわっても、無理やりつれてかれるんでしょ。首をこくこくさせて返す。

のんびりしていて、人をうたがったりしない、みほちゃんのさそいは断れない。断ったら、わたしが犯人みたいになってしまう気がする。

✒ ✒ ✒

「早くしないと、食べてるところ終わっちゃうよ」羊のことになると、途端にきびきびと動く。

給食をかきこんだみほちゃんは、わたしをさんざんせかして、メエのところへ連れていく。メエのスケッチをしたいのだ。それも、草を食べているところを。

「食べてる、食べてる~」

みほちゃんは目をキラキラさせながら、牛の間をするすると通り抜けていった。

「ブルルル」メイはそこにいると思ったよ。

牛からも、メエからも離れて、柵の隅の草を食べてるメイに近寄り、腰を下ろす。

「もう大人だもんね。いつまでも、みんなとのんびりしてられないよね」あ、お母さんとおんなじこと言ってる。

「ブルルル」ちっとも、羊らしくないね。

「わたしもよくお母さんに言われるよ。ちっとも女の子らしくないって」女の子らしくないのは生まれつきだから、仕方ない。いつもむすっとした顔をしてるし、声だって、みほちゃんよりずっと低い。ピンクが好きじゃない。

「ブルルル」じゃあまた来るよ。

「みほちゃん。もう授業始まるよ」戻っても面白くないけど。

「わかったー。もどろー」でたなのんびり病。メエ以外のこととなると、とたんに「のんびり」する。まぁ、他の人に比べたら、ましかもしれない。他の人が急いでるところなんて見たことないのだ。

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「メエちゃん。牛に恋してるね」え?

「一匹の牛にめっくばせしながら。こう、口をすぼめて上品に草を食べるんだよ」そんな話は聞いたことない。

「ももちゃんは、好きな人いないの?」

「いないよ。そういうの、よくわからないし」みほちゃんには、いるということか。

「わたしも羊になりたいなぁ~。毎日せんせいに面倒みてもらって、それで、毎日のんびり暮らすんだ」先生が好きなのね。

「とりあえず、迎えに行かなくちゃ」

牛とメエはまだもそもそと草を食べている。メエは、牛になったと勘違いしているんだろうか。メイは柵の近くに座り込んで、ウトウトしている。

「帰ろう」背中のもふもふを撫でてやる。

「ブルルル」やっときたか。という感じで、立ち上がり、一緒に帰り道につく。

「みほ~もも~。ありがとなぁ~」

後からやってきた先生も合流し、体育館ウラの飼育小屋に戻してやる。先生はまだ小屋にのこって片付けとかする。みほちゃんは一緒にそれをやりたがるので、わたしは一人で家に帰る。

「ただいま」おかえりはいつも帰ってこない。お母さんの方が帰りが遅いのだ。

戸棚の上から、せんべいの缶を取り出して、一人でばりばりと食べる。これじゃぁメイとどこも変わらない。洗濯物をとりこんで、掃除機をかける。

うちに、メイがいればいいのに。なんて考える。

二人でもそもそ食べるんだ。わたしはせんべいで、メイは草を。

昼寝を一緒にしたっていい。

「ただいまー洗濯物やってくれたー?」

「うん。掃除機も」

「ありがとね。きょうはクリームシチューにするわね」今日の給食で食べたよ。

「はーい」やっぱり、メイがいたらいいと思う。二人で、ふきげんそうに、ご飯を食べるんだ。わたしは「給食とおんなじだよ」で、メイは「昨日とおんなじだよ、ブルルル」だなんて言いながら。

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「きょうせんせい職員会議なんだって。だから、餌だけあげといてって」

職員会議の日は、朝の会がない。だから、うるさくしなければ、基本的にはなにをしてもいい(わたしたちの間では)ということになっている。

「じゃあ小屋に行こう」

小屋へ行くと、他のクラスの子たちが、鶏や豚に餌をやっていた。メイとメエの裏は、ウサギのケージになっている。前は鹿を飼っていたらしいが、飼育が大変で、鹿の次にウサギを飼い始めたらしい。

ウサギとメイはぐっすり眠っていた。

「メイ、起きないね~」大人は自分で、起きる時間を選べるんだから。

「メエは今日も元気だ」子どもは朝早くに起きなきゃならない。わたしも起きなきゃいけない。

「また、昼休みに来るよ」のんびりとほがらかに。わたしの学校は、動物まで、みんなスローガンを守っているんだ。そういうと、みほちゃんは笑って「そのとおりかも」と言っていた。

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昼休み。小屋へ行くと、先生がメイの前でかたまっていた。

「どうしたんですか」メエを早速なでてるみほちゃんを横目に、聞いてみた。

「死んじゃったよ。メイ」え?

「老すいだと思う。長生きしたんだよ」そうか。老すいか。

「せんせいが来たときには、もう冷たくなってた。最後にメイをなでてあげたの。ももだろ?」

「多分」メイを構うのは私ぐらいなもんだ。みんな、可愛く鳴く、メエばっかりかまっていた。

「よかった。メイ。あんまり羊らしくなかったろう?最初からそうだったんだよ。ブルルル、って鳴くだけで、メェって鳴くもんだと思うだろう……」

「なんとなく、そんな気がしてました」

「せんせい。メイのお墓。わたしが作ってあげてもいいですか」学校で飼っていた動物は、みんな、学校の裏山に埋められる。たまに誰かが墓参りしている。とくに人気があった動物たちは、お墓にはいっても人気だ。

「いいけど、どこにするんだ?」

「わたしのいえの庭です」きっと、メイのお墓参りに来る人なんていないだろうから。

「うーん。まぁいいか。家の人がいいって言うなら」

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軽トラックの荷台にのせられて、メイはうちにやってきた。

「ここらへんでいいか?」

庭の隅を、シャベルで掘ってゆく。メイはメエより小さかったから、そこまで、深い穴を掘らなくても大丈夫だった。

「良かったな、メイ。自分のうちにお墓を建てたいなんて言ってもらった動物は、うちの学校でも初めてだぞ」

土をかぶせて、仏壇から持ってきたお線香をそえると、先生は帰っていった。

「メイ。あんた、ちっとも羊らしくないって言われても、いつも平気な顔してたよね」

遠ざかってゆく軽トラックのブルルルという音が、メイの返事のように聞こえた。

「私も、女の子らしくないよ。スカートなんか似合わないし、髪の毛だっていっつも短い」

中学校に入ったら、スカートをはかなければならない。いつも大きく開いてしまう足だって、直さなくちゃいけない。

「けど、なんだかうまくやってける気がするよ。ふきげんそうな顔して、それがどうしたんですか?って顔して」

線香がほとんど灰になり、もう消えそうだ。

「らしくないでもいいよね。どうせ、誰かに言われたらしくなんてできないんだから」

今度は母のオートバイクのブルルルが返事をした。母に見つかったら、きっと大変な騒ぎになるだろう。

「ただいま」おかえり。

「夕飯、昨日の残りのシチューで大丈夫?」

「大丈夫」

そう言って、庭の隅を眺めた。

大丈夫。私は、私らしく生きていく。

私はメイに向かって小さく微笑んだ。(おわり)




date 2020年7月17日 

title『羊のいる学校』

作 紬糸

イラスト Ren 様




























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