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【この感動を伝えたい】 その⑱・完結 八木商店著
婚姻届けを出すのは生まれて初めての経験だ。俺は坂上に代わって出してやった。勿論結婚相手は愛ちゃんだ。保証人は香織と河合さんと白方さんの中から、アミダで香織と白方さんが選出された。この四人がうちの銀行の御客様でよかった。生年月日から住所まで会社の端末で簡単に調べることができた。届け出に必要な四人の印鑑は、100円ショップで三文判を買い揃えた。
坂上の夢は北海道で牧場主。幸いにも愛ちゃんの実家は北
【この感動を伝えたい】 その⑰ 八木商店著
俺の尋問から逃げた坂上は、そうすることで全てを認めたのだ。
それにしても坂上は一体何の用だったんだろう? 突然訳のわからない電話を寄越してきて、散々俺を憤慨させて電話を切ってしまった。
俺は坂上と違い勤め人なんだぞ! 明日も朝早くに起きて出勤しなきゃなんないってのに。気配りが皆無なのは学生の頃から全く変ってないな。
俺は不完全燃焼のままベッドに横になった。
が、無理矢理睡眠
【この感動を伝えたい】 その⑯ 八木商店著
ひしひしと怒りが込み上げてくる。俺は近所迷惑も省みず、電話越しに坂上に怒鳴りつけた。
「おい! 二週間くらい前に、実家から凄い剣幕で電話がかかってきたぞ!」
「え?」
「おまえ、俺の実家の住所、俺に断りもなくあのおばさんに教えただろっ!」
「あ、ああ、すまん、すまん。あんまり教えてくれ教えてくれってうるさかったもんでな。熱意に負けてつい教えてしまった」
やっぱりそうだったのか。
【この感動を伝えたい】 その⑮ 八木商店著
「皆んな読み終わる頃には新しい恋人と熱い仲になっていましたから。今でも本当に不思議な本だと思います。内容が内容だけに、あの物語には何か人知を超えた強い意志が働いていたのかもしれません」
「不思議な話ですね。読まれた方皆さんに素敵なお相手が見つかっただなんて」
「ええ。でもね、今思うと私が感動したのは、物語の内容にじゃなかったような気がするんですよね。確かに内容は素晴らしかったけど。生まれて初め
【この感動を伝えたい】 その⑭ 八木商店著
「外国人作家のコーナーの前に立ったときです。グリムの白雪姫を見つけました。私は透かさずそれを手にとって、ついでだと思いもう一冊買ってみることにしたんです。それは当時の私には聞き覚えのない作品でした。私はその本を棚から引っ張り出して、二冊持ってレジに向かったんです」
「御購入されたその一冊が不思議な本なわけですね!」
俺は興奮している花田さんをしかとした。
「病室に戻ると早速読みはじめました
【この感動を伝えたい】 その⑬ 八木商店著
あの時と同じ衝動が心を駆け抜けた。そう、この感動を伝えたい! まさにその思いが俺を突き動かしたんだ。
「ええ! そんなのがあるんですか。是非教えて下さい!」
目の色を変えて間近に迫ってきた花田さんの物凄い形相に、俺は腰を抜かすほど恐怖を覚えた。物の怪と化した花田さんの興奮を鎮めるためにも、俺はあの話をしてやることにしたのだ。
「ただの本なんですけどね。小さな文庫本です。でも、あの本は魔法
【この感動を伝えたい】 その⑫ 八木商店著
「いいえ。合コンですよ」
花田さんが透かさず言った。
「私、香織さんから合コンするからって誘われたんです」
俺は驚いて花田さんを見た。
合コンと言っても、旦那や子供は放っといていいのかよ。
「よく御主人さん、コンパ許して下さいましたね。実は内緒なんですか?」
俺は素朴な質問をした。
「あらやだ。私、まだ独身ですよ。だからこうして招待されたんじゃないですか」と、照れ笑いを浮かべ
【この感動を伝えたい】 その⑪ 八木商店著
「定期的に場所を代えて、店舗を借りて販売されてるんですって。日本全国を駆け巡ってるそうですよ。一ヶ所には大体一ヶ月から二ヶ月と短い期間なんだそうですけど、そのたった一、二ヶ月の間に、平均して五千万以上儲けるそうですからねぇ。一店舗でそれですよ! 全国30ヶ所で展開してるそうですからねぇ。ほんと羨ましいわぁ」
「もしかしてお客は皆んなお年寄り?」
「ええ。今も坂上さんからお話がありましたように、
【この感動を伝えたい】 その⑩ 八木商店著
奇妙だ。実に奇怪だ。
しかし、それはそうと、いつの間に坂上の説教会に変更したんだ、このコンパ? 俺、変更の報告もらってないんだけど。前もって知ってたら絶対にこなかったのに。
「羨ましいわぁ」
花田さんが俺だけに聞こえるように呟いた。
不思議だった。
どうして坂上のようになりたいんだ?
ここにいる連中は坂上に羨望を抱いている。俺が知る限り、坂上は他人から羨望の眼差
【この感動を伝えたい】 その⑨ 八木商店著
坂上は肉体労働が大嫌いで、学生の頃からそんなバイトはしたことなかった。なのに、恐ろしく身の程知らずなことを豪語しているではないか。
牧場のオーナーだと!
理想と現実のギャップを強引にカットして、都合よく夢膨らませてんじゃないのか!
定職にも就かず、何夢語ってんだ!
「僕は今自由に生きてます。皆さんはまだ僕のようなライフスタイルを送ってませんが、でもそれは今のあなたでしょ。来年はどう
【この感動を伝えたい】 その⑧ 八木商店著
「あ、あの、山路さん」
料理がくるのをただ黙って待っている俺に、緊張した声の花田さんが小声で話し掛けてきた。
「山路さんは、御仕事は何をされてらっしゃるの?」
お見合いの席で交わされそうな質問だと思いながらも、勤めてる銀行を教えてやった。すると途端に花田さんの表情が柔らかなものになった。
「ええ、そうだったんですか! 私、先日坂上さんに紹介して頂いてあそこで口座開いたばかりなんです。偶
【この感動を伝えたい】 その⑦ 八木商店著
「どうした? おまえの緊張した顔なんて初めてだぞ。久しぶりの合コンだから恥ずかしいのか?」
「いや、そういうわけじゃない」
好みの女性がいるわけでもないのに、この歳で恥ずかしがるわけないだろ。俺がそんなことを心の中で呟いてる間、坂上は何やら話していた。
「なんか今日の彼はいつになく緊張してるようですが、まあ、誰だってこういう席じゃこうなのかもしれません。紹介が遅れましたが彼が山路敬一君です