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【この感動を伝えたい】 その⑪ 八木商店著

「定期的に場所を代えて、店舗を借りて販売されてるんですって。日本全国を駆け巡ってるそうですよ。一ヶ所には大体一ヶ月から二ヶ月と短い期間なんだそうですけど、そのたった一、二ヶ月の間に、平均して五千万以上儲けるそうですからねぇ。一店舗でそれですよ! 全国30ヶ所で展開してるそうですからねぇ。ほんと羨ましいわぁ」

「もしかしてお客は皆んなお年寄り?」

「ええ。今も坂上さんからお話がありましたように、お年寄りの皆さんはそれはそれは喜んで下さるそうですよ。昼間からカラオケ歌ったり、他にも楽しいイベントをするらしいので多くのお年寄りが誘い合ってこられるそうなんです。坂上さんやこちらの従業員の御二方も、朝早くから深夜遅くまで仕事漬けなんだそうですけど、お年寄りの皆さんの喜ばれるその御姿を見ていたら、言葉では表現できないくらいの感動を覚え、その度に鳥肌が立つって従業員の皆さん言われてましたよ。遣り甲斐があるから全然苦痛に感じないんでしょうね。私なんか仕事が嫌で嫌で堪らないっていうのに、ほんと羨ましい話ですよね。私も来月に今の会社辞めて、坂上さんの会社に転職するんです。先日、香織さんに坂上さんを紹介して頂いて、それでうちにきませんかって声をかけて頂いたんですよ」

「彼女とはお付き合い長いんですか?」

「去年、香織さんの会社で車買って以来の付き合いです。彼女もうちの保険に入ってくれてるんですよ。山路さんは何処か入られてますか?」

「まあ、知人のところで」

「そうですか…。あ、話が逸れましたね。香織さんは仕事の掛け持ちでも最初はいいですよって言ってくれたんだけど。でもなんとなく気分が悪くて、どうしようかと迷ってるときに坂上さんがおっしゃったんです。『二股は良くないですよ。二兎を追う者は一兎をも得ずって言うじゃありませんか。思い立ったら早目にどちらか決めた方がいいですね』って。それで決めたんです」

 そういうことか…。

 言葉巧みにお年寄りに三流品を高値で売りつけてる例のアレだな。

 それにしても坂上が社長というのも驚きだったけど、あの気が利かない性格でお年寄り相手に商売してたとは、俺が知ってる坂上はあれは偽りの姿だったのか?

「長続きしないんじゃないかなぁ」

「大丈夫ですよ。これからの日本は今以上にお年寄りの数は増えていくんですからね。私たちは家庭で邪魔物扱いされているお年寄りに、心の安らぎを与えて、いつまでも健康に過ごして頂きたいと願ってるんです。とても遣り甲斐のある仕事じゃありませんか。先程から坂上がお話されてますように、私たちはお年寄りにこそ夢を持って生きて頂きたいと望んでるんです。私たちも将来必ずお年寄りになっちゃうんですものね。いつまでも夢を追いかけて生きていられたらどんなに幸せでしょう。今の世の中、感動することってあまりないでしょ。でもこの仕事ならいつでも感動を体験できるんですからね。素敵だと思いませんか?」

「なるほど。じゃあ、今日のこの会合は最初っからコンパじゃなかったんですねだ。私と香織ちゃん以外は、皆さん坂上の会社の関係者の方だったんですもんね」

 俺は騙されたと思い、重いため息を吐いた。

 

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