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【この感動を伝えたい】 その⑦ 八木商店著

「どうした? おまえの緊張した顔なんて初めてだぞ。久しぶりの合コンだから恥ずかしいのか?」

「いや、そういうわけじゃない」

 好みの女性がいるわけでもないのに、この歳で恥ずかしがるわけないだろ。俺がそんなことを心の中で呟いてる間、坂上は何やら話していた。

「なんか今日の彼はいつになく緊張してるようですが、まあ、誰だってこういう席じゃこうなのかもしれません。紹介が遅れましたが彼が山路敬一君です」

「どうも、山路です」

 俺は坂上に紹介されることが異常に恥ずかしく思え、誰とも目を合わさないように俯いたまま挨拶をした。

「はじめまして河合です。宜しくお願いします」

 坂上の右に座った俺と同じくらいの年齢のOL風の女が挨拶した。どういうわけか握手を求めてきたので、とりあえず差し出された右手を軽く握って上下に振ってやった。

「はじめまして、白方裕子です」

 坂上の左に座っていた白方さんは、香織と同じくらいの年齢で学生の雰囲気があった。

「こちらこそ、宜しくお願いします」

 思ってもいないことを口にしながら、俺は白方さんに頭を下げた。

「はじめまして! は、花田です」

 俺の横にいたおばさんが、上ずった声で挨拶してきた。外で仕事をしてる人と言うよりも、家事に追われて疲れた主婦って感じだ。この人だけ主婦なのかもしれないと思った。家族の夕飯の支度をすませて、息抜きに出てきたんだろう。

「あ、どうも山路です。こんにちは」

 俺は社会人になってからの習性で、社交事例を露骨に見せ付けながらおばさんに挨拶を返した。

 花田さんに顔を向けた途端、今まで嗅いだことのない不快感を伴う強烈な香水の匂いが鼻の中に飛び込んできて、咄嗟に息を止めた。

「じゃあ、注文しましょうか」

 坂上は店員を呼び、適当に何品か注文して、店員が襖を閉めると突然演説をはじめだした。

 普段、全くと言っていいくらい気が利かない坂上が、何故か気を遣っているように感じるのは俺の気のせいか? 俺は今まで一度も見たことがない坂上の振る舞いに、他人事とは言え恥ずかしく思った。

 不思議なくらいその場の雰囲気に溶け込めないでいる俺は、この場にいていいのか? そんな俺には一切気を遣わない坂上は、コンパってものを勘違いしてるんじゃないだろうか。俺は黙り、一人孤立してしまった。するとそんなとき右耳が何かをキャッチした。

 

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