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【短篇小説】さつまいも掘り

「おとおが捕まった。」

香はそれを知っている。
もう、おかあに
「なんでおとおは帰ってこないの?」
と尋ねることもなくなった。

おかあはまだ首の座らない遥をおぶって料理に向かっている。
彼女はまだ4歳と0歳の娘たちを育てながら、日中はシール貼りと包装の内職に励み、家事も一人でこなした。

こんな生活をかれこれ半年している。
香はこの半年で一人遊びがずいぶん上手になった。
おままごとでも、一人で四役−父・母・私・妹−をこなすこともすっかりお手の物である。
そこにはいつも朗らかで明るい家庭があった。

季節は夏の八月蝉(うるさ)さの一段落した頃であった。
香は幼稚園の行事でさつまいも掘りに出かけた。

香はその朝、いつになく揚々としていた。
それは、いも掘りへの楽しみだけでなく、いつもおかあが仕事で使っている軍手を預かって、大人びた気分に浸ったからである。

娘の可愛げにほころぶ姿を見て、園のバスを見送るおかあの顔もいつになく快活であった。

香の幼稚園からさつまいも農園までは、子供の足でも10分ほどである。
香はお友達と手をつないで、お歌を歌いながらその道中を遊んだ。

土の匂いが子どもたちを快活にする。
香も小さな軍手を得意げにはめて、仕事にかかった。

しばらく土を掘っていると、いもが顔を出す。
香は母のように丁寧な仕事を心掛けようと思い、その周りの土も慎重にかき分けると、4つのいもが1つの束をなしているのを見つけた。
特に太くて大きいの、やややせていて中くらいの、可愛くて小さいのと、最後の1つは香のげんこつほどの小ささであった。

香はその大きいのを思い切りひっぱった。
すると、4つをつないでいた根がぷちぷちとちぎれ、結局、大きいのだけが上がった。

香はその大きなさつまいもを見て、おとおを想い出した。
そして、ふつふつと寂しい気持ちが沸いてくるのを感じた。

香は寂しさを紛らわすように、一心不乱に残りの3つを掘り出した。
涙が柔らかな土を濡らしていた。

香は4つのいもをもらった袋に入れ、抱きかかえるようにして家へ持ち帰った。
おかあにそれを渡すと、その日はおままごとをしなかった。

香の掘ったいもは、夕飯に大学いもとなって現れた。
それはそれは甘い大学いもだった。

香は今もずっとあの自分をなぐさめた安らかな甘さを忘れずにいる。

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